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平成24年 (2012年) 4月 16日

政策企画課


 平成24年度山口県新規採用職員研修 知事講話

~ 自分のスタイルを創る ~

目 次

~はじめに~

1.わが人生からの教訓

(1)正直と信頼

(2)仕事と趣味

(3)運と決断

2.ものを考える視点(原理原則)

(1)ものの考え方の3原則

(2)県民の立場で考える

(3)時代の流れの中で考える

(4)現場から考える

~おわりに~


~はじめに~

 皆さん、おはようございます。県庁に入られて16日目、少し雰囲気になれてこられたのではないでしょうか。

 私は、1996年(平成8年)8月の知事選挙で初当選し、現在4期目です。この8月に任期が到来し、辞めることにしていますので、皆さんと一緒に仕事をするのは、あと4ヶ月余りとなります。

 したがって、今日は遺言のつもりで、私のこれまでの経験・反省を振り返りながら、皆さんがこれから立ち向かっていく人生と仕事について、どのような自分のスタイルを創り上げていったらよいのか、参考になればと思い、このことを中心に話を進めさせていただきます。


1.わが人生からの教訓

 まず、自己紹介をしながら、数点申し上げます。


(1)正直と信頼

 私は、1943年に、当時の美祢郡伊佐町の小さな衣料品店で生まれました。私は、4人兄弟(妹)の長男でしたので、祖父母、両親とも、私に店を継がせたいと思っていたのでしょう、小さい頃から、「商売は信用が第一だから、『正直』でないといけない」と、折に触れ、繰り返し言われて育ちました。

 そのせいでしょうか、公務員になりましても、「正直」の上に「ばか」がついているのではないかと言われたこともありましたし、私自身、この厳しい世の中、「正直」で渡れるだろうか、悩んだこともしばしばありました。

 しかし、今、振り返ってみますと、自分で申し上げるのもどうかと思いますが、「正直」であること、嘘はつかない、ぶれない、約束は必ず守る、ということを貫いてきたことが、私への「信頼」につながってきたのではないかと思っています。

 「人格」は、言葉よりもはるかに雄弁であると言われますが、私は、このことをしっかりと肝に銘じ、知事を辞めた後も、「正直」と「信頼」を、人生の、生きる上での基本にしていきたいと考えております。

 人にはそれぞれ持ち味があります。皆さんも、ご自分の持ち味、強みは何なのか、いかに生きるか、それをできるだけ早く発見し、人間力に磨きをかけていただきたいと願っています。


(2)仕事と趣味

 さて、話を元に戻しますが、我が衣料品店は、農家のお客さんが多かったこともあり、今と違い、夜も10時頃まで開けていました。

 当時、あまり勉強が好きでなく、小学生の時は学校から帰るとすぐ遊びに出、中学生時代は、野球部に入り練習に励みました。

 ただ、夜は、店の番をするのが私の役目でして、当時はテレビもなく、仕方なく、店の番をしながら勉強しました。そのお陰で、小学校高学年頃から、成績も大幅に上がってきたのです。

 話が前後しますが、私の父は、終戦直後まで山口県庁に勤めており、店を継ぐため、県庁を辞めざるを得なかったのです。父は酒が好きでよく飲んでいましたが、酒を飲んでは、県庁を辞めたことを悔やみ、私の成績も良くなってきたものですから、公務員を目指したらどうかとしばしば言うようになりました。

 あまりしつこく言うものですから、私も、次第にそのような気持ちになり、まずは、中学3年のとき、たまたま山口高校出身の先生の助言もあり、山口高校に進学しました。そして、公務員になることを目標に、一浪し、東大法学部に入りましたが、どうしても中学時代の野球のことが忘れられず、3年まで準硬式野球部に所属しました。

 単なる野球好きと言われればそれまでですが、この野球をやっていたことが知事になっても活きました。

 1999年5月、山口県の観光PRのため、甲子園の阪神・巨人戦の始球式で120キロ近いスピードの球を投げる(?)など、野球でかなりの話題づくりをすることができましたし、スポーツ好きの知事ということで、同じ年の9月、美祢サーキット(現在は、マツダのテストコースになっている)で、日本に一台しかない2人乗りのフォーミュラカーにも乗りました。後ほど述べる山口きらら博のPRをさせていただくために乗ったのですが、なんと最高時速270キロ、風圧で首が抜けるのではないかと思いました。

 余談はさておき、なぜこんな話をするのか、別に自慢話をしているわけではありません。仕事に生かせる趣味を持つこと、趣味を仕事に生かすことができれば、県庁生活は一段と楽しいものになるのではないでしょうか。

 皆さんは、この4月から山口県庁の職員になり、多くの皆さんがこれから約40年間、県庁で仕事をすることになります。人生80年ですから、これからの人生のうち、3分の2が県庁職員という計算になります。

 また、これまでの諸先輩の生き方を見ましても、多くの皆さんが、退職後も、県庁での経験を活かして生活しておられます。

 このことから見ましても、皆さんが、これから、県庁職員としてどのように生きていくのか、このことによって、皆さんの一生は決まってくると思います。すなわち、職員イコール全人生であると考え、仕事を通して自分を磨く努力を重ねていただくよう、願っております。


(3)運と決断

 さて、国家公務員採用試験では、大学時代に野球をしていたことも強調し(それがどの程度効果があったかわかりませんが)、1966年に当時の自治省に入りました。自治省に入った以上、ふるさとには帰れない、山口県庁では仕事ができないと思っていました。

 ところが、1978年夏頃(35歳)でしたか、山口県庁側から、山口県に来ないかという話が飛び込んできました。自治省の人事当局も反対しましたが、こんなことは2度とないと思いましたから、「ぜひ行かせてください」とお願いし、翌年4月、山口県財政課長として赴任しました。

 3年後、1982年4月に自治省に戻ることになり、もうこれで地元勤務はないと寂しくもあり、大変残念に思っていましたら、それから2年半後、1984年10月に、再度お呼びがかかり、企画部長として山口県に帰りました。2度目の地元勤務ですので、今度は地元に骨を埋める決意をし、以来、民生部長、総務部長、出納長、そして、1996年8月の知事選挙で、初当選を果たしました。

 今振り返りますと、まず地元に帰れたことは「運」としか説明できません。

 ただ、真面目に仕事をしたことによって、多くの人との出会いの中で、見えないところで、その方向へ向かわる大きな力(サムシング・グレート)が働いたのではないでしょうか。

 次に、「決断」についてです。

 皆さんも、これから決断しなければならない様々な出来事に遭遇することになりますが、私にとって、知事選挙と「山口きらら博」は、人生を賭けた大きな「決断」でした。

 知事選の方は省略し、2001年に開催した「山口きらら博」についてのみお話しますが、私が知事に就任した直後に、阿知須干拓地(現在は山口市阿知須きらら浜)で、2000年頃、博覧会をやるべきであるという調査結果がまとまりました。

 当時、東京都の「都市博」が中止されていましたし、「もう博覧会の時代ではない」、「今なぜ博覧会なのか」という声も聞こえてまいり、1期目早々から、そんな重要な決断をしなければならないのかと、ずいぶん悩みました。

 しかし、私は、明治維新発祥の地である山口県から、博覧会を通して、山口県の「元気」を全国に発信したい、また、21世紀のスタートにあたり、山口県の魅力、歴史、資源を「振り返る」ことによって、「未来」に向かうエネルギーを創り出していきたい、そのような思いで、開催を決断しました。

 多くの県民の皆さんも、「失敗するのでは」と思っておられたようですが、私は、決断した以上はその結果について絶対に後悔しないということ、万一の場合は全責任をとる、いわゆる政治生命をかける、一期で辞めるという「背水の陣」で臨みました。

 この「何としても成功させたい」という私の思いが、職員はもとより、県民の皆さんにも伝わっていったのではないでしょうか。

 開催期間79日間(7月14日から9月30日まで)で、入場者数は目標の200万人を大きく超える251万人余りとなり、同時期開催した福島や北九州と比べても、圧倒的にトップを切ることができました。


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 私は、この博覧会を、後ほど述べますように、「県民力」「地域力」を高める大きな舞台として位置付けましたが、成功の要因の一つは、県民の皆さんが総力を結集して取り組んだことをあげることができますし、県民の皆さんの一致団結した取組みは、「やればできる」という大きな自信につながったと思います。

 この決断と成功がなかったら、後ほど述べます2006年の国民文化祭も、昨年の国体の成功もなかったのではないでしょうか。


2.ものを考える視点(原理原則)

 以上、自己紹介を兼ねて、これまでの歩みの中で、私なりに得たものを一部お話させていただきました。

 次に、私が40年を越える公務員生活の中で、特に県庁での仕事を通じて築き上げてきたスタイルの中から、皆さんの参考になりそうな「ものを考える視点(原理原則)」について、まとめてお話いたします。


(1)ものの考え方の3原則

 皆さんも、これから様々な出来事に出くわし、悩み、迷うことも多くあると思います。そのとき、どのような判断をするのか、どのような決断をするのか。

 まず参考までに、ある本に出ていた「3人のレンガ積み」の話を紹介します。


3人の連が積みの話


 この短い話から、どんな教訓が読み取れるでしょうか。

 一番初めのレンガ積みは、今まさにここでやっている仕事を作業としてしか捉えていません。したがって、仕事について、何か不満げな言い方になっています。

 二番目の人は、自分の仕事を作業とは見ておらず、壁をつくるという明確な目標を持っています。しかし、仕事を通じて実現される成果を、自分の目に見える範囲、手の届く範囲でしか考えていません。建物全体から見たら、ほんの一部分でしかない壁をつくることが、自分の仕事の目的となっています。これでは仕事に広がりもありませんし、工夫の余地も限られたものになります。

 三人目の人は、教会という最終目標をはっきりととらえており、さらに「子供たちが勉強するため」という目的まで理解しています。

 大きな目的をしっかり理解して、その意義、価値を自覚すれば、その仕事に喜びを感じることができますし、いろんな工夫の余地が生まれてきます。

 私も、国家公務員時代に、「省益を忘れ、国益を思え」ということをよく言われました。県庁で言えば、皆さんが配属される組織の利益ということではなく、もっと大局的に、県全体にとってどうなのか、常に広い視野を持って対応してほしいということです。

 そこで、「物の考え方」について、もう少しお話をさせていただきます。

 まず、物事を判断するにあたっては、その中に「私心」が入っていないか、常にチェックするということが大切です。

 無私の心を持つことは大変難しいことではありますが、私は、特に知事として県政を任されている以上、このことを常に確認しながら県政運営に当たっています。

 そして、無私の精神を前提に、中国に古くから伝えられている「モノの考え方の3原則」に沿って判断するように努力しています。


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 まず、その1つは、目先にとらわれないで、できるだけ長い目で観察するということです。「長期的」ということです。

 我々人間はなにかが起こると、その現象面だけを対象にして、ものごとを判断しがちですが、可能なかぎりの知識を基盤に、情報収集し、さらには想像力までも駆使して、平素から常に長期的な視野を心がけておくことが大切です。

 2つめは、一面にとらわれないで、できるだけ「多面的」、できるならば全面的に考察するということです。

 いま申し上げたように、なにかが起きますと、人間の目に容易に映ってくるのは、常に現象やものごとの一面だけです。しかし、それではなにが本質なのかをとらえることはできません。

 このことを別の言い方でしますと、狭い主観だけにとらわれないで、ものごとを別の立場から考えて見るということです。「自分の外から自分を客観的に見る視点を持て」ということです。

 そうすれば、たとえば、非常につまらないことで腹を立てたり悩んだりしている自分がばからしくなってくるものです。

 3つめは、枝葉末節にとらわれないで、できるだけ「根本的」に観察するということです。

 たとえば、木は、同じ種類のものであっても、枝や葉はさまざまな伸び方、繁り方をします。その土地の風土、その時々の気候によっても違ってきます。しかし、根は1つです。枝や葉の伸び方、繁り方でものごとをとらえ、考えても、正確な思考は成り立たない。土の中に隠されている根を常に見失わず、その根について考えなければならないということです。

 「言うは易し、行うは難し」ですが、ものの見方の3原則は、「長期的」(時間軸)、「多面的」(空間軸)、「根本的」(価値軸)と、何かの時に思い起こしていただければ、と思います。


(2)県民の立場で考える

 皆さんは、今後、それぞれの職場で、県民の生活・福祉の向上のため、県経済の活性化のため、尽力されるわけですが、その対価として、税金の一部を給料として受け取ることになります。仕事の対価として、県民の皆さんから、給料をいただいていると考えなければなりません。

 したがって、皆さんは、「いま自分が行っている行動が県民の皆さんのためになっているのか」、「その行動を県民の皆さんにオープンにして説明できるか」、「自分も県民であり、サービスの受け手である。自分が受け手だったら、どう考えるだろうか」-このことを常に念頭におき、自分の行動をチェックしていただきたいということです。「県民本位」、平たく言えば、「お客さま本位」で考えるということです。

 皆さんは、なぁんだ、当たり前のことではないかと、今は思われていると思います。しかし、今も、汚職や横領など、公務員を巡る様々な事件が起きています。

 なぜ、このような事件が全国的に後を絶たないのか、皆さんが当たり前と思われるようなことが、なぜ実行されないのか。

 私は、このような事件は、永年勤務するうちに、マンネリ化し、公務員としての自覚をなくしてしまった、目先のことしか見えなくなってしまった、このことによって起きた事件だと思います。

 中国の「荘子」のなかに「朝三暮四」という有名な話があります。ご存じの方も多いでしょうが、これを現代風に直して紹介しますと、「ある時、猿回しの親方が、猿に丼を、朝3杯、夕方4杯与えようとしたところ、猿が大いに怒ったので、朝の方を4杯に、夕方を3杯にしようと言ったとたん、猿は機嫌を直した」という話です。

 この話は、朝3杯夕方4杯と、朝4杯夕方3杯と、実質的にはなんの違いもないのに、それがわからず、目先のことに囚われる愚かさを笑ったものですが、我々は、ともすると小さな利害関係に心を奪われて、大局的な判断を失いがちになります。この猿の場合は、それでも結果的には7杯食べたわけですが、我々公務員の場合、目先のことに捉われてしまうと、信用も失い、職を失い、飯も食べられなくなることがあるということを、しっかり肝に銘じておかなければなりません。


(3)時代の流れの中で考える

【役割分担の原則】

・自助・共助・公助

 私は、国の役割は、「国でなければできない仕事」、すなわち、外交、防衛など国家の存立に関する問題や、社会保障や経済など政府がリーダーシップを持って全国的な観点から進めなければならない課題に限定すべきであり、それ以外の権限や財源は国から地方に移譲すべきであると考え、全国知事会を通じ、その実現に向けて努力してきました。

 そのような中、現在、国においても、同様の考え方に立った地方分権改革を進めようとしておりますが、私が、平成8年の知事就任以来、一貫して取り組んでまいりましたことは、地方分権社会を迎えるに当たっての意識改革です。

 具体的に申し上げますと、地域分権とは、「地域のことは地域自らが責任をもってやる」ということですから、地域の体制を「依存型」から「自立型」の体制に変換しなければならないということです。それは単に行政だけでなく、そこに住んでいる住民の皆さんをはじめ、企業や団体も「自分でできることは自分でする」と、意識を変えていくことが重要になってくるということです。

 その意識改革のキーワードとして、私が常々申し上げてきましたのが、「自助・共助・公助」です。


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 まず、「自助」というのは、自分ができることは自分でする、家庭でできることは家庭で行う、そして、「共助」は、個人あるいは家庭でできないことは、地域社会の中で、お互いに助け合って(支えあって)問題解決を図る、そして、どうしても「自助」「共助」という民間でできないことを公がサポートするのが「公助」ということになります。

 イギリスの作家スマイルズの「自助論」(1859)は、明治の多くの青年たちの心をとらえた(福沢諭吉の「学問のすすめ」と並ぶベストセラー)と言われていますが、その著書の中で、「自助の精神が、その国民全体の特質となっているかどうかが、一国の力を見る際の正しい尺度になる」と述べています。

 この言葉は、「国」を「県」に置き換え、そして、ここでいう「自助」には「公に頼らない、共助」も含めてもよいでしょうから、「自助・共助の精神が、その県民全体の特質となっているかどうかが、その県の力を見る際の正しい尺度になる」ということになります。私は、この言葉は、まさに地方分権にふさわしい言葉であると思います。

 では、どうしたら、この県民全体の「自助」「共助」の力を高めることができるのか。

 私は、自助・共助の力を「県民力」「地域力」と表現していますが、私が、そのための県全体の象徴的な大きな舞台として位置づけたのが、先ほど申し上げた2001年の「山口きらら博」でした。

 そして、この山口きらら博に続き、2006年の「国民文化祭」、昨年、2011年の「山口国体・山口大会」と、全国規模のイベントを5年刻み程度で開催し、それを一過性のものに終わらせないで、成功体験を継続し、積み重ねることにより、「県民力」、「地域力」を、ホップ・ステップ・ジャンプと、さらに高めていきたいというのが、私の思いでした。

 この私の思いは、山口きらら博、国民文化祭の成功を経て、昨年の「おいでませ!山口国体・山口大会」においても、山口国体での悲願の天皇杯獲得に象徴されるように、選手の活躍はもちろん、県民総参加の取組によって叶えられ、県民力・地域力は、大きくジャンプすることができました。

 私は、この4期(~2012年)で知事を辞めることにしていますが、今申し上げた思いを次の世代に繋げていくため、ポスト国体として、2015年には、山口市きらら浜で「世界スカウトジャンボリー」(7/28~8/8)を開催することにしています。ホップ・ステップ・ジャンプそしてジャンボリーです。


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 我が国では、1971年の静岡県に次いで2回目、44年ぶりとなります。4年ごとの開催で、山口県の開催は第23回になりますが、世界各国・地域から、約3万人の青少年が集い、キャンプや野外体験活動等を通じて交流する、ボーイスカウトの世界最大の行事です。また、プレとして、来年(7/31~8/8)には、「日本ジャンボリー」もきらら浜で開催されます。

 青少年の健全育成や国際交流など、将来を見据えたしっかりとした基盤も、私の就任期間中に創りあげておきたいと思っています。

 皆さんには、このジャンボリーにも何らかの形でぜひ関わっていただきたいと願っております。


・近接と補完の原理~市町村重視~

 次に、「公助」についてどう考えるかということですが、これについては、「近接と補完の原理」というのがあります。

 この原理は、まず、住民ができることはできるだけ住民が行い、どうしてもできない政治行政(公助)を、住民に最も身近な市町村で行い、市町村ではできない広域的な分野は、日本で言えば都道府県で行い、そして、どうしても国でなければできない分野のみ国が行うというものです。


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 私は、地方分権改革は、この近接と補完の原理に基づき進めていくべきであると考えており、平成の市町村合併についても、この原理に基づき、積極的に取り組んできました。

 住民に最も身近な市町村が住民ニーズに的確に対応できるためには、それだけの体力、知力、別の言葉で言えば、地方分権(地域主権)の受け皿になれる力を付けること、すなわち、市町村の財政基盤を強化し、政策・行政能力を高めていくことが必要であり、そのための最も有効な手段が市町村合併であるということです。

 具体的に申し上げますと、山口県では、市町村合併に積極的に取り組んできた結果、平成15年3月末に56あった市町村が、現在19の市と町となっています。


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 しかし、山口県にとっての大きな悩みは、多くの県に見られるような県全体をリードする中核都市がないということです。人口30万人以上の規模を持つ市がないため、牽引力に欠ける嫌いがあります。

 したがって、県としては、さらに合併を進め、現在の19市町を9市とする構想を持っていますが、残念ながら、実現する見通しは立っていません。


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 なお、地方分権の取組が本格化し、住民に最も身近な基礎自治体である市町村の機能が強化されていきますと、県の役割や枠組みも見直すことが必要になり、今後、道州制の議論がこれまで以上に活発化してくると思います。

 道州制になった場合、山口県はどのような枠組みに入ることになるのか、山口県は、中国州になっても、中四国州になっても、端っこになります。九州との関係が深いからと九州に入っても、端っこです。

 したがって、端っこになっても、今の山口県という地域において、市や町が将来にわたってがんばっていけるよう、皆さんには、そのことも視野に入れて、仕事をしていただきたいと願っております。


【優先順位の原則~マズローの欲求段階説】

 皆さんは、「マズローの欲求段階説」というものをご存知でしょうか。


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 アメリカの心理学者マズローは、この図のとおり、人間の欲求には段階があって、まずは、「食べる」「眠る」などの「生存の欲求」から始まり、安全に生活したいという「安全の欲求」に移っていく、そして、人間が生存していくために必要不可欠な、この2つの最低限の欲求が満たされると、より高い欲求である「帰属の欲求」(集団の一員として認知されたいという欲求)、「尊敬の欲求」(他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求)、「自己実現の欲求」(各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求)が芽生えてくる、と唱えました。

 このマズローの欲求5段階説に沿って申し上げますと、我が国は、第二次世界大戦後、戦後復興から経済成長を通じ、その生存の欲求とか、あるいは安全の欲求を満たし、物の豊かさを実現し、より高次の欲求へと、順調な歩みを続けてきたように見えました。

 しかし、私は、1995年1月の、あの阪神淡路大震災により、我々が信じてきた我が国の「安全神話」が大きく崩壊したと思います。それ以来、全国各地での地震の発生、食品の偽装事件や振り込め詐欺、無差別殺傷事件など、安心・安全を脅かす様々な事件・出来事が起き、そして、昨年3月に、東日本大震災が起き、東京電力の福島原電事故も終息の目処が立たない状況が続いています。

 私は、私たち政治行政に携わる者は、人々の欲求のうち、生活の確保や安心・安全といった、いわゆるこの「マズローの欲求段階説」でいえば、「生存の欲求」「安全の欲求」に対する政策をもう一度点検して、見直していく、そのことが、現在最も大きな課題の一つとなっていると考え、就任以来、「県民のくらしの安心・安全基盤の強化」を最優先に取り組んでまいりました。

 東日本大震災が発生する直前に成立した昨年度予算においても、県立学校施設の耐震化を一気に進めるため、例年の2.5倍となる総額約100億円を計上し、耐震化率90%をこの3月末には達成しました。

 また、東日本大震災を踏まえて、昨年6月に、「大規模災害対策検討委員会」を設置し、本県で発生しうる大規模災害とそれへの対応について、検討を行いました。

 その結果を受けて、本年1月には地域防災計画の見直しを行うとともに、本年度当初予算においても、想定される被害想定調査や救助・救急対策、被害者支援対策など、できる限りの予算措置を講じたところであります。

 また、山口県の場合、2009年、2010年と2年連続で、我々がかつて経験したことがない大規模な土石流災害等による豪雨災害などがあり、今年度も引き続き、近年多発する豪雨災害を踏まえた河川の浚渫、危険ため池対策等を集中的に実施することにしています。

 「災害は忘れた頃にやってくる」という名言がありますが、今や災害は忘れる暇もなく、またその規模も大きくしてやってくる傾向にあります。

 皆さんには、災害のみならず、多様な危機管理事象に対して、迅速な対応ができるように、常日頃から高い危機管理意識を持って職務に当たられるように、お願いしておきます。


(4)現場から考える

【自立・協働・循環の原則】

 私は、現場主義は、「新鮮な、正確な一つの事実を知るだけではなく、背後にある多くの知恵を体得する道」であると考え、「しっかり聞いて しっかり実行」をモットーに県政を進めてきましたが、山口きらら博会場の現場からも、多くのことを学びました。

 特に、現在進めている県政運営のキーワード、「自立」「協働」「循環」も、きらら博から得た財産です。

 きらら博には、実に多くの人々が関わりました。

 企画・運営に参加してくれたボランティアやスタッフが、この博覧会を素晴らしいものにしようと、文字通り、毛利元就の「百万一心」、心を一つにし、「協働」してくれました。

 そして、その過程で、それぞれが、受け身になることなく、「自分たちでできることは自分たちがやる」という「自立」の意識をしっかり持って、あらゆることに「しなやかに」「スピーディ」に対応してくれました。

 ボランティア等の皆さんが、猛暑の中で発揮してくれた「やさしさと思いやり」「元気と笑顔」の対応の素晴らしさが、来場者に大きな感動を与え、口コミで拡がっていった。このことがボランティア等に伝わり、その対応に一段と磨きがかかっていきました。

 会場内に、来場者の「評価する、誉める」、ボランティア等のその「期待に応える、頑張る」という好「循環」が生まれ、上昇気流が起きました。

 私は、このように、きらら博から「自立」「協働」「循環」の大切さを学びました。そして、今日まで、この3つのキーワードのもとで県づくりを進めてきたところです。

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 そこで、あらためて、その意味を整理して申し上げますと、まず、「自立」とは、県も、市町村も、県民も、それぞれ、他に「依存」するのではなく、「自分ですべきことは自分で」という主体性と役割分担意識をしっかり持つということです。

 先ほど申しあげた「自助」と同じ意味で、県や市町村にも、「自助」が必要であるということです。

 次に、「協働」ですが、「協働」とは、県も、市町村も、県民も、企業等も、それぞれが持つ個性や特性を持ち寄り、活かしあうこと、異質なものとの出会い、交流を大切にすることによって、いわゆるシナジー(相乗作用)効果により、個々の能力の総和以上の力を生み出し、1+1が2になるのではなく、5にも6にもなるように、地域の総合力を高めていこうというものです。産学公連携により、様々な取組を行っています。

 これも「共助」に、県や市町村など行政が加わった方がより高い効果が期待できるものは「協働で」ということになります。

 そして、「循環」です。

 「循環」とは、「自立」と「協働」により生み出された地域資源や、地域の人たちの力を、地域内で効果的に循環させることによって、新たな価値を創り出していこうということです。県では、ごみゼロ社会プロジェクトや地産・地消の取組みなど「循環プロジェクト」を強力に進めています。


~おわりに~

 以上が約40年間にわたる様々な体験の中で私が積み上げてきた「ものの考え方の視点」についての「私のスタイル」です。

 金子みすゞさんの「星とたんぽぽ」という詩の中に、「見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ」というフレーズがあります。

 星もたんぽぽも、それを「想像する力」がなければ、「何も見えない」ということです。

 皆さんは、これからそれぞれの現場で仕事をされるわけですが、ものを考えるにあたり、現場で関心の幅を広げ、「ものを見る力」、「見えないものを見る力」を養っていくことが重要です。

 現場には、考えるためのヒントが沢山あることを申し上げて、私の話を終わります。








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