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平成26年 (2014年) 8月 8日

文化振興課

「やまぐちの文学者たち」80人/弘津千代

弘津千代 (ひろつちよ) (1901~1983) 戯曲 柳井市


【主な著作】

『戯曲華子城物語』(山原たづ著、新光社、大正11年)

『新兒童劇集』(児童劇研究會、日本學藝社、昭和20年)


弘津千代肖像


弘津千代肖像

 弘津千代(本名、チヨ)は、山口県柳井市の出身である。大正末期から昭和戦前の約15年間、劇作家として華々しい活躍をし、山口県では数少ない劇作家として忘れてはならない存在である。日本女子大学在学中から劇作家中村吉蔵に師事し、大正14年には「吉田御殿」(原題「天樹院」)が帝国劇場で上演されるなどした。千代の作家的地位を確立した作品は「妖鱗草紙」(後に「蛇性の婬」と改題)で、戦後も再三上演された。82歳で没するまで、30編にも及ぶ戯曲、評論、13編の歴史小説を残している。(村上省吾)

弘津千代関連写真

解体前の生家

生家跡碑(柳井市)

解体前の生家

生家跡碑(柳井市)



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