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平成26年 (2014年) 8月 8日

文化振興課

「やまぐちの文学者たち」80人/兼﨑地橙孫

兼﨑地橙孫 (かねざきぢとうそん) (1890~1957) 俳句 下関市、周南市


【主な著作】

『触目皆花』(人生創造社、昭和5年)

『地橙孫句抄』(地橙孫句抄刊行会、昭和33年)

『清明の道』(地橙孫著作刊行会、昭和50年)


兼崎地橙孫肖像(提供:吉田紗美子)


兼﨑地橙孫肖像(提供:吉田紗美子)

 兼崎地橙孫(本名、理蔵)は、代々徳山藩に仕えた家系に生まれ、祖父茂昌は詩文をよくし西洋流の砲術を教えた。彼の俳号は父茂樹の号地外から地を、祖父の号橙堂から橙をとったもの。豊浦中学の頃から俳句を始め、出雲より九州へ向かう全国巡遊中の碧梧桐に見出され『日本及日本人』に投稿、以来碧門下として、終始。五高から京大独法に進んだ地橙孫は、理論家で俳論『清明の道』を書いたが、気品ある句、即ち清明句ということを俳句の基本とした。書もよくし、晩年は弁護士のかたわら県下各地に六朝書体で揮毫した石碑を残した。(田村悌夫)

兼崎地橙孫関連写真

晩年を過した舞車庵(周南市)(提供者:吉田紗美子)

墓碑(周南市大迫田)「杉立や春のいなづまあまたたび 地橙孫」

晩年を過した舞車庵(周南市)(提供者:吉田紗美子)

墓碑(周南市大迫田)「杉立や春のいなづまあまたたび 地橙孫」



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