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平成26年 (2014年) 8月 8日

文化振興課

「やまぐちの文学者たち」80人/毛利碧堂

毛利碧堂 (もうりへきどう) (1890~1966) 短歌 下関市


【主な著作】

『白梅歌集』(白梅詩社、大正12年)


毛利碧堂肖像(提供:毛利元茂)


毛利碧堂肖像(提供:毛利元茂)

 毛利碧堂(本名、元恒)。清末毛利家の第十代当主。大正11年、32歳の時、山口県下初の歌誌『白梅』を創刊。主幹として歌作に研究に評論に健筆をふるい、大正、昭和の山口県歌壇に大きな影響を与えた。『白梅』は表紙を竹久夢二が描き、生田蝶介・若山牧水・吉井勇・窪田空穂らが選者を務めたが31号で終刊した。しかし、会員から竹内八郎・大田哀歌鳥・江原青鳥・小川五郎といった人々が育ち、彼らが昭和の県歌壇と文芸に指導的役割を果たした。貴族院議員、小野田セメント取締役、山口県家禽協会会長を務めた。(中西輝麿)

毛利碧堂関連写真

前列右端が毛利碧堂(提供:小野田太平洋セメント株式会社小野田工場)

『シラムメ』(中原中也記念館蔵)

前列右端が毛利碧堂(提供:小野田太平洋セメント株式会社小野田工場)

『シラムメ』(中原中也記念館蔵)



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