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平成26年 (2014年) 8月 8日

文化振興課

「やまぐちの文学者たち」80人/与謝野鉄幹

与謝野鉄幹 (よさのてっかん) (1873~1935) 詩・短歌 周南市


【主な著作】

『孝女阿米』(防長婦人相愛会、明治29年)

詩歌集『片袖』第1~3(東京新詩社、明治34年~35年)

明治文学全集』51(筑摩書房、昭和52年)


与謝野鉄幹肖像


与謝野鉄幹肖像

 与謝野寛(鉄幹)は、赤松家の養子となった兄に招かれて、私立白漣女学校(後の私立徳山女学校)の国語漢文の教師として徳山に来た。明治22年、17歳の時である。徳山滞在の3年間は忘れがたい青春の一時代であった。女学校時代の教え子浅田サダとの恋愛と我が子の死、最初の妻林タキノとの出会いと別れ、寛(鉄幹)の若いときの足跡が徳山にある。寛(鉄幹)は折々徳山に立ち寄ったが、昭和9年、徳山鉄板会社(日新製鋼の前身)の社歌の作詞のために来徳した時の、「徳山にて」二十首が残されている。(玉野由槻雄)

与謝野鉄幹関連写真

「行く秋」草稿

私立徳山女学校第一回卒業記念写真(中央右端)鉄幹(前列右端)浅田サダ

「行く秋」草稿

私立徳山女学校第一回卒業記念写真(中央右端)鉄幹(前列右端)浅田サダ



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