ここから本文

トピックパス
  1. トップページ
  2. 山口の魅力と観光
  3. 歴史・文化
  4. やまぐちの文学を辿る道
  5. 小郡見聞録

2008年4月1日更新

文化振興課

やまぐちの文学を辿る道
  

漂泊の俳人

種田山頭火の

愛した町、小郡

小郡見聞録
山頭火が愛した町おごおり
風の音を聞き、
木の葉の揺れを
眺める。
山頭火の
閉ざした時間が、
ここでよみがえる。

 漂白の旅の中から自然をうたい、人間をうたった種田山頭火は、 昭和7年から同13年まで小郡町矢足の「其中庵」に落ち着き数々の作品を詠んだ。

ふしの夏まつり
ふしの夏まつり
◆開催日 7月第4土曜日
◆場所 ふし野川 河川緑地公園
ふしの岩戸太鼓、町民総踊りをはじめ多彩な催し物があり、最後に花火大会で幕を閉じます。
七夕まつり
七夕まつり
◆開催日 8月第1日曜日
◆場所 大正通り商店街
昭和3年頃から続く、伝統的な夏祭り。通りがちょうちんで埋めつくされます。
岩戸神楽
岩戸神楽
◆開催日 10月9日
◆場所 熊野神社
熊野神社に伝わる神事で、1592年から奉納。「天の岩戸」の神話に基づき神々を個性的に表現しており、16の舞から構成されています。
狂言鑑賞の会
◆開催日 10月中旬
◆場所 ふれあいセンター

狂言を、子供達から大人までもっと身近に感じてもらうため鑑賞会が催されます。

山翁忌
◆開催日 10月11日
◆場所 其中庵

山頭火の命日10月11日に其中庵で献酒献句等を行い、山頭火を偲びます。

山頭火
其中庵
其中とは、山頭火の好んだ言葉で、妙法蓮華経観音菩薩「普門品
(ふもんぽん)」第二十五にある「其中一人作是唱言」からとられたものである。山頭火はこの句が好きで、結庵するときは「其中庵」と命名するのだと平素から友人にも語り旅日記にも書き止めている。

←山頭火立像  
 小郡新幹線口広場

草庵と放浪の旅---------漂泊の人生
 大正13年のある日、山頭火は泥酔して路面電車の前に立ちはだかり大騒ぎを起こした。このとき熊本日日新聞の記者が機転をきかせて、報恩寺の望月義庵老師に身柄を託した。翌年2月、山頭火は出家得度し法名は、耕畝
(こうほ)といった。

其中庵 そして山頭火は植木町の味取観音堂の堂守となる。しかし、その1年後、あてのない放浪の旅に出た。このあと、山頭火は草庵と放浪の旅を繰り返す。なぜ、これほどまでに行乞流転の日々を過ごしてきたのか。家を捨て妻子を捨て、寂しさの中で酒を愛し、行雲流水の旅に人生を委ね、俳句に人生を託す。庵を結んだのは四度であり、最初は熊本市内の「三八九(さんぱく)」、そして再び結庵する場を求めて山口県に入り川棚に庵を結びたいと望んだ。 しかし、願いは叶わず、やがて小郡に迎えられ「其中庵」を結ぶ。四畳半と三畳二間、板の間と土間、かまど、便所、ぬれ縁まであった。茶の木に沿って細い道を進むと右に折れて其中庵の正面に立つ。柿の木があり、その根元には小さなお堂があった。庭には南天がこんもりと群れをなし、秋田蕗(ふき)やシマカヤが植えてあった。

雨乞山(あまごいやま)からのわき水の井戸がある。山頭火は庵の横にあった畑を整地して大根の種を蒔いた。
少なくとも半年しなければ収穫できないのに大根の種を蒔いたのである。<朝やけ雨ふる大根まかう>このように山頭火はこの其中庵で「主」としての作品を生み出した。「其中庵風景」「身のまはり」「其中一人として」などが「三八九」誌登載されている。ここ其中庵には庵を結んだ中で一番長い足掛け7年間を過ごすことになる。しかし、其中庵が庵住に耐えなくなったこともあり、湯田温泉の「風来居」に三度目の庵を結び、最期に四国松山の御幸寺境内に「一草庵」を結んだ。


TOP
ページ
みすゞと日本海の
文学を辿る道
中也と山口線
沿線の文学を
辿る道
漂泊の俳人
山頭火を
辿る道
独歩と瀬戸内の
文学を辿る道
「三人旅の記」
〜防長行脚〜
を辿る道
関門海峡・響灘
周辺の文学を
辿る道

 

 

このページの先頭へもどる