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2008年4月1日更新

文化振興課

ゆかりの人物::大村益次郎

人物名

大村益次郎

人物概要

文政7年(1824)〜明治2年(1869)

 幕末・維新期の近代的兵制の創設者。大阪の緒方洪庵の適塾に学び、わずか1年半で塾頭に進んだ。

 嘉永6年(1853)伊予宇和島藩に招かれて兵制改革、砲台の築造、軍器の製造、造船などに従事した。

 安政3年(1856)藩主の参勤交代に随い、江戸に赴いて鳩居堂を開塾、また幕府の蕃書調所教授方手伝となり、翌年講武所教授に任ぜられた。

 万延元年(1860)蘭学者青木周弼の勧めで萩藩に抱えられ、兵学を教え、兵制改革に携わった。

 慶応2年(1866)4月三兵(歩騎砲)教授役兼軍制用掛に登用され、毛利家全体の軍事に関わる最高指導者の地位につき、四境戦争では石州口総参謀として幕府軍を壊滅させた。

 その後の鳥羽伏見の戦い、上野彰義隊討伐、奥羽・北越の平定などでの数々の成功は、周囲の信頼を信仰に近いものにまで高めた。

 明治2年(1869)兵部省新置の時、維新後兵部大輔に任ぜられ、軍政改革を実施したが、京都の旅籠で守旧派浪士に襲撃され、大阪の病院で死亡。年46。

肖像等

大村益次郎肖像

大村益次郎肖像(山口市歴史民俗資料館蔵)

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