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山口ブランドストーリー「維新から明治へ〜近代化の礎を築いた長州人脈〜」公開! 明治時代、長州で学んだ者たちが、政治だけでなく文化・教育・産業などの面でも日本に維新をもたらしたストーリーを紹介しましょう。   ください。

山口ブランドストーリー

6.「源氏物語」継承に貢献した
大内氏コレクションと出版事業

大内氏は幕府等との交流に必須だった和歌や連歌も愛好し、義弘は勅撰「新後拾遺和歌集」、盛見・持世は勅撰「新続古今和歌集」に入選しています。

高名な歌人たちとも盛んに交流し、義弘は連歌の大成者の二条良基、教弘は歌僧の正徹・正広、政弘は「源氏物語」の注釈書「花鳥余情」を完成させた一条兼良、義隆は当時最高の古典学者・三条西実隆らと交流。政弘は京都での応仁の乱出陣中に知った連歌師の宗祇を1480(文明12)年、山口に招き、領国各地で盛んに連歌を張行させています。宗祇は1489(長享3)年にも2度、山口を訪問。そうした交流を通じ、大内氏の支援があって宗祇によって完成された准勅撰連歌集が「新撰菟玖波集」です。

大内氏は和歌の創作などに必要な教養だった古典を数多く蒐集したことでも知られます。現在、皇室の東山御文庫所蔵「七毫源氏物語」(河内本系統)はかつて教弘が蒐集したもの。また、政弘は書家として有名だった飛鳥井雅康に依頼して藤原定家校訂「源氏物語」(青表紙本系統)を書写させています。その源氏物語は大内氏傘下の石見の国人・吉見正頼を経て毛利元就へ。

土佐光起筆「源氏物語帖」「朝顔」

土佐光起筆「源氏物語帖」「朝顔」

その雅康書写の「源氏物語」は今「大島本」と呼ばれる最も優れた写本とされ、現在ほとんどの「源氏物語」が底本として採用する貴重な本となっています。
文化への関心は家臣も高く、陶弘詮は現在、吉川本として知られる「吾妻鏡」(国の重要文化財)を約20年かけて書写。陶弘詮・興就が三条西実隆に依頼した詞書と華麗な絵を備えた現存最古の「源氏物語画帖」は、アメリカで所蔵されていることが近年明らかに。大内氏や家臣が日本の古典の継承に果たした役割は非常に大きいといえます。

大内氏のもとでは、多くの出版が行われたことも特筆されます。中でも有名なのは、詩作用の韻の辞書「聚分韻略」、大内義隆がそれを小型に工夫して開板した「大内版三重韻」など。それらは「大内版」と呼ばれ、文化の普及に貢献しました。


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