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山口ブランドストーリー「維新から明治へ〜近代化の礎を築いた長州人脈〜」公開! 明治時代、長州で学んだ者たちが、政治だけでなく文化・教育・産業などの面でも日本に維新をもたらしたストーリーを紹介しましょう。   

山口ブランドストーリー

2.大胆な財政改革と軍制改革を貫いた村田清風

村田清風像

村田清風像

幕末維新へとつながる萩藩の藩政改革と海防強化への動きは、1840(天保11)年に中国で起きたアヘン戦争などに危機感を抱いた村田清風(むらた せいふう)に始まります。

清風は1838(天保9)年、藩主毛利敬親(もうり たかちか)から財政立て直しの責任者に抜擢され、藩の負債が銀9万貫目を超えた事態を受けて、反対派に命を狙われながらも徹底した倹約・産業振興・新事業開発など「天保の改革」を次々と実行したことで知られます。


村田清風生家

村田清風生家

また、江戸で活躍中の藩出身の蘭方医を萩藩に呼び戻して海防に必要な蘭書の翻訳をさせ始めたほか、大砲の洋式化に着手します。1843(天保14)年には、鉄砲方を中心に「羽賀台の大操練」を現在の萩市福栄で実施し、長年の太平の世に慣れた藩士に士気の高揚を生みます。

しかし、下関の越荷方の充実を図って萩藩に大きな収益をもたらした清風の財政改革は幕府からの圧力を、また、家臣の借金返済を救済する大胆な取り組みは商人からの不満を招き、1844(弘化元)年、政治の第一線から退くこととなりました。

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