栗山孝庵女刑屍体腑分跡


栗山孝庵女刑屍体腑分跡(くりやまこうあんじょけいしたいふわけあと)
栗山孝庵(1731-1791)は江戸時代の医師で、長州藩7代藩主毛利重就、8代藩主の毛利治親の侍医を務めました。宝暦8年(1758)に日本で2番目となる男性の腑分け(解剖)を行い、翌年の宝暦9年(1759)には、日本で初めての女性の腑分けを行いました。この時の女性は磔刑(はりつけの刑)のはずでしたが、内蔵が傷まないよう孝庵の願いにより斬首刑に変更されました。