涙松跡


涙松跡(なみだまつあと)
涙松があった場所は、萩往還から萩城下が見える最後の地点でした。松並木の間から見え隠れする萩を見ながら別れの涙を流すということから「涙松」と呼ばれるようになったということです。吉田松陰が安政の大獄で江戸へ送られるとき「かえらじと思いさだめし旅なれば、一入(ひとしほ)ぬるる涙松かな」と詠んだ場所としても知られています。