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山口県の「きらめく元気」を発信
 

特集1元気元景やまぐち・ファイティングスピリットの故郷 秋吉台・三億年の時間旅行 夢先案内人 ミュージシャン 陣内大蔵 『あの日話してくれたのは きっと本当の君の夢だった 遠く違う空の下で 君は何を見つめてる 空よ空よ 見上げた数だけ想えば 強く強く ひたむきに行くさ(作詞・作曲/陣内大蔵「空よ」より)』

秋芳町・美東町・美祢市にまたがって広がる「秋吉台」は、面積130平方キロメートルにも及ぶ日本最大の石灰岩地。
その下には日本最大規模を誇る鍾乳洞「秋芳洞」の神秘の世界が広がっています。
秋吉台はなぜ誕生し、どうやってその大自然は守られてきたのか…。
宇部市出身のミュージシャン陣内大蔵さんが旅をしました。

陣内大蔵
ミュージシャン。昭和40年(1965)山口県宇部市生まれ。昭和63年シングル「いと小さき君の為に」アルバム「Moratorium」でデビュー。「空よ」「心の扉」「僕は風 君は空」など数々のヒットを放つ。平成13年通算11枚目のアルバム「Bridge」をリリース。同年の「山口きらら博」では宇部市の日のライブに出演。JFN系FM番組「夕方音楽(ユーガッタミュージック)」「ALL THIS TIME」のパーソナリティーとしても活躍。現在パーカッショニストの斉藤ノブ氏やカシオペアの野呂一生(のろいっせい)氏をはじめ、難波弘之氏、小林信吾氏、松原秀樹氏、江口信夫氏らとユニット「Vibes」を結成。7月23日にアルバムをコロムビアミュージックエンタテインメントからリリース予定。

秋芳町・美東町・美祢市周辺のみなさんの写真を募集します。思い出の写真、新しく旅行したときの写真など、どんどんお寄せください。詳細 >>

庫本正氏 写真

庫本正(写真右)

秋吉台科学博物館名誉館長。昭和11年香川県生まれ。山口大学文理学部生物学科卒。農学博士。山口県環境教育学会長。昭和58年に著書『コウモリ―地下実験室からの報告』でサンケイ児童出版文化賞を受賞。平成三年文部大臣表彰、平成九年環境庁長官表彰(自然公園功労)。

 暗闇の底からはごうごうと水音が響いていた。そこは秋芳洞の観光コースを外れた奥の鍾乳洞。私たちは特別に許可を得て、秋吉台科学博物館名誉館長・庫本正さんの案内で洞窟探検に向かうことにしたのだ。頭にはヘルメット、手にはライトを握ってはいたものの、完全な闇、すさまじい水音、いきなりの険しい崖に足がすくむ。そんな中、陣内大蔵さんは足場の悪い崖をためらうことなく一気に下りると声をあげた。
「あそこに『黄金柱』に似た見事なものがありますよ!」
 光に照らされて、こつぜんと神秘の造形が浮かび上がる。水の流れに沿って洞窟はごつごつと、奥へ奥へとのびているらしく、それは頭上の開放的な秋吉台とはあまりに対照的な光景だった。


夏の秋吉台
夏の秋吉台・撮影/庫本正

草原を歩く

 ここで時計を逆回しして、話を洞窟探検の前日に戻すことにしよう。その日、陣内さんは庫本さんと、日本一のカルスト台地・秋吉台の風の中にいた。
 宇部市出身のミュージシャン陣内大蔵さん。彼の曲には自然を織り込んだ詞が多く、聴く人の心にも風が吹き込んでくるような心地よさがある。見渡す限り台地と空が広がる秋吉台は、そんな彼の曲がとてもよく似合う。
「今年は春が遅いですねえ。本来なら草原に、もういろいろな花が咲いているはずなのですが。でも、ほら、そこにニオイタチスボスミレが咲いていますよ」
 庫本さんの言葉に立ち止まり、身をかがめた陣内さん。
「甘い香りがするんですね」
「この小さな木はネムノキ。毎年山焼きで焼かれるので木は大きくなれないのに、根株だけは、こぶのようにたくましくなって6月にはちゃんと花を咲かせるんですよ」
 秋吉台の春は山焼きが運んでくる。山焼き後の黒い台地には例年3月下旬ともなれば花々が顔を見せ始める。が、2月下旬の予定だった山焼きは今年6度も雨に泣かされて、実際に行われたのは3月中旬、陣内さんが訪れた日の2週間前のことだった。
 秋吉台へは子どものころから何度も訪れているという陣内さん。中学時代には友人と宇部から自転車で来たこともあるそうだ。
「何時間かけて来たのかなあ。ものすごく疲れたことしか覚えてないんですけどね(笑)。山焼きも一度見てみたいなあ。でも、なぜ山焼きをするのですか?」
「秋吉台はずっと昔から地元農家の共同の採草場で、山焼きは新しい草を育てるためのものだったんで
すよ。刈った草は畑の肥料や家畜の飼料に使われてきたんですが、今はもう秋吉台の草を刈る人はほとんどいません。でも、山焼きをやめてしまうと、この広大な秋吉台は雑木林に戻ってしまうんです」
「ということは、秋吉台の広い草原は人の手によって保たれてきたものだったんですね」
 秋吉台の特徴は広大な台地にドリーネと呼ばれるクレーター状のくぼ地が点在し、白い石灰岩があちこちに林立していることにある。
「陣内さん、西部劇の舞台のような風景だと思いませんか」
「ハハハ! それにしても石灰岩を一つひとつ見ていくと、人の顔に見えたり、アシカやモアイ像に見えたり、面白いなあ」
「雨が長い歳月をかけて石灰岩を少しずつ溶かして、いろいろな形に彫刻していくんですね。その雨はやがてドリーネに吸い込まれ、秋芳洞をはじめ地下の洞窟に流れ込んでいくんですが、秋吉台には分かっているだけで日本最多の約420もの洞窟があるんですよ」

オキナグサ写真 コオニユリ写真 オオバギボウシ写真
キジムジロ写真 オカトラノオ写真 アキヨシアザミ写真

 左から横に、
 上段「オキナグサ(春)」「コオニユリ(夏)」「オオバギボウシ(夏)」
 下段「キジムジロ(春)」「オカトラノオ(夏)」「アキヨシアザミ(秋)」

 秋吉台は国定公園。動植物や石の採取は禁止されています。
 撮影/庫本正

 

三億年の眠れるサンゴ礁

 秋吉台をつくっている石灰岩を観察すると、暖かい海の生物の化石がぎっしりと詰まっていることが分かる。でも、海抜200メートル以上のところに、なぜそんな化石が眠っているのだろう。
「秋吉石灰岩にはサンゴやフズリナなどの化石が多く、それによって秋吉石灰岩は3億年前の海の生物が固まってできたことが分かるのです」と庫本さん。
「3億年? あまりに壮大で気が遠くなりそうだなあ」
「大正時代には当時東京大学の学生だった小沢儀明博士が秋吉台の化石を調べて地層が逆転しているのを発見しましてね。秋吉台が逆転するほどの地殻変動は日本列島の骨格を造ったものだとして『秋吉造山運動』と名付けられ、世界中から注目されたのですが、今はそれとは異なる説が有力なのです」
「でも、大きな地殻変動があったことは本当なのですね?」
「ええ。今最も有力な説は、3億年前に暖かい太平洋上で生まれたサンゴ礁が海洋プレートに乗って移動し、やがて大陸のプレートにくっついて、それが上へ上へとせりあがって秋吉台を誕生させ、そのときに地層の順序が変わったというのです」
 歩き始めて数10分。丘をこえると、ひときわ多くの石灰岩柱を露出させた広大な丘が現れた。
「これはすごい! ここに来るまでの石灰岩は羊のようだったけれど、ここはまるで白い墓石が一面に立ち並んでいるようですね」
「地獄の針の山のようでしょ?だからここは『地獄台』と呼ばれているんです。東の方の岩肌を削られた山は第2次世界大戦中、鉄を探して山を崩した跡。旧日本陸軍が軍事演習に使っていた時期もあるのですよ」
「アメリカ軍が演習に使いたいといってきたこともあるとか?」
「ええ。終戦後アメリカ軍の演習地となって最初は射撃の演習地だったのですが、昭和31年(1956)に空爆演習地に変更したいと通達がきたのです。地元住民をはじめ県や国内外の学者をあげて秋吉台は学術的に重要な地だと大反対を繰り広げましてね。その結果ついに演習場の返還がかなって、昭和36年(1961)には秋吉台は国の特別天然記念物に指定され、永久に保護されることになったのです」

石灰岩の写真
秋吉台の石灰岩 撮影/庫本正

 一方、秋芳洞の方は秋吉台より先の昭和27年(1952)に特別天然記念物に指定されている。
「今でこそ秋芳洞は世界中から観光客が訪れますが、昔は『滝穴』と呼ばれ、神や魔物の住む洞窟だから入ったら生きて帰れないと地元では恐れられた洞窟だったのです。それが広く知られるようになったのは明治の終わりごろ、鉱山の開発に来た滋賀県出身の梅原文次郎という人がたまたま滝穴を訪ねたのがきっかけでしてね。梅原氏は滝穴の調査を、山口高等商業学校の教師で英国王立地学協会
の会員だったイギリス人の…」と話す庫本さんに、
「先生、その人はエドワード・ガントレット(※注1)さんという方じゃないですか?」と陣内さんは不意にある話を語り始めた。
「実は僕の父は宇部の教会に勤めていたのですが、5年前に東京の教会に移ったんです。今回僕が秋吉台に行くことを父に話したら、偶然にもその東京の教会のメンバーに昔、ガントレットさんという人がいて秋芳洞発見に関わる探検をしたことを教えてくれたんです」
「そうでしたか! ガントレットさんの長男オーエンさんも秋吉台の空爆演習地反対のときに重要な役割を果たした方でしてね。山口で育ったオーエンさんは晩年、東京に家族を残して1人で戻ってこられたほど、山口に強い愛着をもった方だったんですよ」

※注1 エドワード・ガントレット
 1869〜1956。山口高等商業学校(現山口大学経済学部)をはじめ全国各地で英語教師を務めた。山口滞在中、秋吉台や長門峡を踏査、優れた景勝地として世に紹介した。

秋吉台を守る

 秋吉台では今もその自然を守ろうとたくさんの人々が活動している。そんな中、陣内さんが訪ねたのは「とってもゆかいな秋吉台ミーティング」の阿座上昌亮さん。対面早々陣内さんが「そばの手打ちを指導されているそうですね。実は僕もそばが大好きで自分でもそばを打つんですよ!」と切り出すと、「いやあ、それなら私たちの作ったそばをぜひ食べていただくんだったなあ!」と2人は即、意気投合。そば談議で大いに盛り上がった。
 実は阿座上さんたちのグループでは、かつて秋吉台のドリーネが畑に活用されていたのを復活させようと、そばのドリーネ耕作に取り組んでいる。種まきに始まって年4回イベントを開き、収穫祭ではそばの手打ちも指導。回を重ねる度に参加者の輪が広がっているそうだ。そもそもグループ誕生のきっかけは何だったのだろう。
「秋吉台の草原は今、山焼きによってなんとか維持されている状況です。でも、それには火道切り(※注2)の作業が必要なのですが、それが大変な重労働で…。山焼きに携わってきた農家の高齢化が進む中、山焼きを続けるにはどうすればいいか。そこで秋吉台を見つめ直すことから始めようとシンポジウムなどを開いて学んでいくにつれ、私自身、以前はただの草の山だと思っていた秋吉台が、実は農業を通じて私たちの祖先と自然との共生によって守られてきたことに気付かされましてね。秋吉台でも国定公園や特別天然記念物の指定外の地域ではセメントの材料として石灰岩の採掘が進んでいます。残された自然だけでも守りたい。そう思うようになったんです」

   
山焼きは毎年2月 第3日曜日。近年は地区によって山焼きボランティアの募集、地元中学・高校生による火道切りの体験作業も行われている。   そばのドリーネ耕作を復活
「とってもゆかいな秋吉台ミーティング」
  秋吉台家族旅行村にて阿座上昌亮さんと

※注2 火道切り
  火が燃え広がらないように事前に草や木を刈った道をつくること。

未解明の大洞窟「秋芳洞」

秋芳洞の黄金柱(こがねばしら)前にて
秋芳洞の黄金柱前にて


百枚皿(秋芳洞)

 秋吉台を守ってきた人々の中にはもちろん幾多の学術研究者、洞窟探検家もいる。天井の高さ約30メートル、百枚皿や黄金柱など見事な洞窟生成物が連続する日本最大規模の秋芳洞。その観光コースは約1キロメートルに及び、それだけでも十分圧倒的なスケールだ。が、実はその奥にも洞窟は延々と続いていて、しかも
その全容はまだ未解明なのだという。洞窟探検家が現在到達しているのは約8キロメートルまで。水中洞窟探検など今も彼らの果敢な挑戦によって秋吉台の学術的価値は光を増し続けているのである。
 そんな偉大な探検にははるかに及ばないけれども、そろそろ私たちの洞窟探検に話を戻すことにしよう。頭すれすれの岩の下をくぐり、小皿を並べたような洞窟生成物をそっと踏み越えながら一歩一歩前へ。
 やがて天井から大きなつららのようにぶらさがった鍾乳石と、それに今にもくっつきそうなほど床面から成長した石筍に行き当たった。
「石灰分を含んだ水滴の一滴一滴が、長い年月をかけてこうした石筍をつくっていくんです」
 3億年の台地をも溶かすひとしずくが陣内さんの手に、ぽとり。
「この先は地底湖があり、完全に水没した洞窟があり、また洞窟があって…と続いているのですが、きょうはこの辺で戻りましょう」
 という庫本さんに「もう少し行ってみたいなあ…」と陣内さんはつぶやいて「でも、生きて帰れないかもしれない恐怖の中を進んでいったガントレットさんの好奇心は本当にすごいですね!」
「同行した僧侶は途中で座りこんで、お経をあげ続けたとか。ガントレット氏は探検後、家族に電報を送ったそうですよ。『ジゴクカラブジモドッタ』と」
「ハハハ! まさにその通りですね」
 未知への恐怖とそれと闘う心の強さ。地の底の闇の世界は、人の心の底を映しだす、見えない鏡の世界なのかもしれない。

 入洞して1時間後、私たちは洞窟を出た。その目に台地は一層雄大に見えた。
「こういうでっかいところに来ると、自分って小さいな、つまらないことを考えていたなって解決することが多くて。そういうのが詞になっていくんです。悩んでつらくて、そんな中で生まれた曲の方がかえって人に受け入れられたりするんですよね」
 春の風が陣内さんの肩をそっと触れていく。
「自然は自分をリセットするには最高の場所。東京でも1人でよく富士山の方へ行ったりするんですよ。でも3億年の風には負けるなあ。そういえば今吹いた風もそこで終わりじゃなくて、実はずっとその先へ先へと吹き続けていくんだそうですね」
 やがて春から夏へ。風は台地に真新しい祝福の季節を連れてくる。


インフォメーション

秋吉台科学博物館


空爆演習地反対を機に秋吉台の学術的重要性を広くアピールするためなどを目的に設立。秋吉台の化石や洞窟生物の生態展示などを通して秋吉台を詳しく学べる。

毎日開館(年末年始は休館)。入館無料。
TEL 0837-62-0640 

秋吉台エコミュージアム

秋吉台の自然を分かりやすく紹介。鍾乳洞を再現したスペースや体感シアターなどがある。生物観察などの学習会も実施。
休館日は毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は翌日)と年末年始。入館無料。

TEL 08396-2-2622 
http://www.c-able.ne.jp/~mitou-14/


洞窟探検の様子 トロン湯温泉
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秋吉台家族旅行村 サファリランド
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秋吉台で観光できる鍾乳洞には「秋芳洞」のほか1「景清洞(かげきよどう)」「大正洞(たいしょうどう)」がある。いずれも国の天然記念物。景清洞にはライト付きヘルメットで進む探検コースもある。
2 景清洞周辺、「秋吉台リフレッシュパーク」の中にはオートキャンプ場やトロン温泉などがある。
3 「秋吉台家族旅行村」にもオートキャンプ場があるほかケビン・バーベキュー広場などもあり、そば打ちも体験できる。4 迫力たっぷりの野生動物に出会える「秋吉台自然動物公園サファリランド」。5 おいしい水を味わいたいなら環境省選定「名水百選」の「別府(べっぷ)弁天池湧水」へ。6 アンモナイトや昆虫化石など貴重な化石をたっぷりと鑑賞したい方は「美祢市化石館」へ。

弁天池
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美祢市化石館のオブジェ
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観光の問い合わせ
●秋芳町観光商工課 0837-62-0304
http://www.ymg.urban.ne.jp/home/karusuto/
●美東町観光課 08396-2-0343
http://www.town.mitou.yamaguchi.jp/
●美祢市商工観光課 0837-52-1110
http://web.infoweb.ne.jp/minecity/

参照サイト

山口県広報広聴課課


〒753-8501
山口県山口市滝町1-1
TEL 083-933-2566
FAX 083-933-2598
E-mail
a11000@pref.yamaguchi.lg.jp
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