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特集「2泊3日萩往還を歩く旅」Vol.1

■歴史の道「萩往還」

萩往還の地図萩往還(はぎおうかん)は、江戸時代、藩主の参勤交代の際の「御成道(おなりみち)」として開かれた街道です。城下町・萩(萩市)と瀬戸内海に臨む三田尻(みたじり)(防府市)を結ぶ全長約53キロメートルのこの街道には、幕末の志士ゆかりの史跡や江戸時代の石畳が残る箇所もあり、国の史跡に指定されています。激動の幕末、多くの志士達が駆け抜けた「萩往還」の魅力をご紹介します。
  

■第1日目

1日目は、萩城跡から萩市佐々並(ささなみ)までの約20キロメートルを歩きました。関ケ原の合戦の後、慶長9(1604)年に築城された萩城。今はお城こそありませんが、石垣や堀にその風格を感じつつ出発。


萩城跡から佐々並までの地図の写真

萩城跡から佐々並までの地図

萩城跡の写真

萩城跡の石垣

萩城跡の写真

萩城跡


城下町を通り抜け、唐樋札場跡(からひふだばあと)にたどり着きました。札場は藩からのお触れが張り出された場所で、ここが萩往還の起点となります。写真にある「萩往還」という標柱は、萩往還を歩いていると何度も目にすることになる大切な目印です。

萩城下町の写真

萩城下町

唐樋札場跡にある「萩往還」の標柱の写真

唐樋札場跡にある「萩往還」の標柱

唐樋札場跡の写真

唐樋札場跡


萩の街中をしばらく進み、JR萩駅の前を左折すると、だんだんと風景がのどかになり、道も少しずつ上りになってきます。萩城跡を出発して約8キロメートル。涙松跡(なみだまつあと)までやってきました。

涙松跡の写真

涙松跡

ここは、萩城下が見える最後の地点。幕末の思想家・吉田松陰(よしだ しょういん)が安政の大獄で江戸へ送られる時、「帰らじと思いさだめし旅なれば、一入(ひとしお)ぬるる涙松かな」と詠みました。

  
道の駅「萩往還」の写真

道の駅「萩往還」

そのまま進むと、道の駅「萩往還」に出ました。ここでちょっと休憩。お昼ご飯にしました。この道の駅には、吉田松陰について学べる「松陰記念館」もあります。

  
坂道の途中にある「萩往還」の標柱の写真

坂道の途中にある「萩往還」の標柱

ここからは、いよいよ険しい山道。萩と三田尻をほぼ直線に結ぶため、坂道や峠が多い萩往還ですが、景色を楽しみつつ進みます。

  

悴坂駕籠建場の写真

悴坂駕籠建場

山道を上り切ると、悴坂駕籠建場(かせがさかかごたてば)が見えてきました。参勤交代の際にお殿様が休息した所です。こんなに険しい山道ですから、駕籠に乗ったお殿様も随分とお疲れになったことでしょう。この先は、長くて険しい下り坂。

  

明木(あきらぎ)川のたもとへ出ました。ここにも吉田松陰ゆかりの地が。松陰が下田に停泊していたペリーの黒船で密航しようとして捕らえられ、萩へ護送されてきた際に詠んだ漢詩の碑があります。とらわれてもなお意気盛んな松陰のどこまでも前向きな思いがこもった詩です。明木市(あきらぎいち)は、萩往還沿いの宿場町として栄えました。石州瓦の赤い屋根の家々が連なり、当時の風情が感じられます。

明木・吉田松陰漢詩の碑の写真

吉田松陰漢詩の碑

明木の町並みの写真

明木の町並み

明木市・石州瓦の赤い屋根の家々の写真

石州瓦の赤い屋根の家々


萩往還の人気スポットの一つ「一升谷(いっしょうだに)」へやって来ました。歩きながら「一升の炒(い)り豆がちょうど食べ終わる」のがその名の由来といわれる、本日最大の難所、約3.5キロメートルの坂道です。土や落ち葉を踏みしめる自分の足音と鳥の鳴き声、川のせせらぎしか聞こえません。長い石畳の上り坂は体力的にハードです。

一升谷の写真

一升谷

一升谷・せせらぐ川の写真

川のせせらぎに癒やされます

一升谷・石畳の長い上り坂の写真"

石畳の長い上り坂が続く


石畳の写真

山へと続く石畳

山の中へと続く石畳。江戸時代の石畳が残る部分もあります。土が流れてしまわないように、大きい石と小さい石がうまく組まれているのだそうです。すごい技術です!

  

一升谷を上り終え、しばらく進むと国道262号へ出ました。ここは標高405メートルの釿ノ切(ちょうのぎり)峠。ここからは下りで、国道と萩往還の旧道を出たり入ったりしながら歩き続けます。

釿ノ切峠の写真

釿ノ切峠

釿ノ切峠からの下り坂の写真

釿ノ切峠からの下り坂


「落合の石橋」の写真

「落合の石橋」

萩往還見どころスポットの一つ「落合の石橋」。江戸後期のものとされる小さな石橋ですが、両岸から大きな石を張り出し、それを橋げたとして上に板状の石を載せた、他では見られない山口県内特有の工法だそうです。

  

小さな峠を一つ越え、佐々並の集落に到着しました。佐々並市(ささなみいち)は、当時の宿場町で、国の重要伝統的建造物群保存地区になっています。佐々並で一軒だけの旅館に宿泊しました。佐々並といえば豆腐料理。ここでしか味わえない大豆の風味豊かな豆腐をたくさんいただいて、今日1日の疲れを癒やしました。今日歩いた距離は約20キロメートル。休憩時間も含めて約6時間の旅でした。

佐々並の町並みの写真

佐々並の町並み

豆腐料理の写真

佐々並といえば豆腐料理

豆腐料理の写真

大豆の風味が豊か!


■第2日目

佐々並から山口市までの地図の写真

佐々並から山口市までの地図

2日目は、佐々並から山口市内まで約14キロメートルの行程でした。その距離以上に濃密な旅を味わうことができましたよ。

  
朝の光が差し込む佐々並市の写真

朝の光が差し込む佐々並市

藩主の宿泊・休憩所であるお茶屋跡の写真

藩主の宿泊・休憩所であるお茶屋跡

一里塚の写真

一里塚


佐々並を抜けて国道沿いを歩いている写真

国道沿いを歩く

佐々並を抜けるとしばらくは国道262号を歩きます。萩から山口まで、道路脇の自然を楽しみながら、進みます。


佐々並から3キロメートルほど歩くと、「吉田松陰先生東送通過の地石碑」があります。萩往還の途中には、こうした吉田松陰に関連した史跡がたくさんあり、この地域での松陰の存在感の大きさを改めて感じさせられます。私たちがこの碑を眺めていると、ちょうどそこに軽トラックで通りかかった地元のおじいさんが、「この碑の文字は岸信介(きし のぶすけ)さんが書いたといわれとるんよ」と教えてくれました。

  
吉田松陰先生東送通過の地石碑付近の写真

石碑付近の様子

吉田松陰先生東送通過の地石碑の写真

吉田松陰先生東送通過の地石碑


街道筋の休憩所の写真

街道筋の休憩所

街道筋には、所々にこのような休憩所があります。ちゃんとトイレもあるので、歩くのに疲れたときの休憩にはもってこいですね。


日南瀬(ひなたぜ)という地域を過ぎると、いよいよ最高点・板堂(いたどう)峠に向かって長い上り坂が始まります。


関連リンク
公益社団法人萩市観光協会ホームページ山口県の道の駅「道の駅萩往還」