• トップへ戻る
  • 特集トップ
  • 観光スポット
  • 特産品・お土産
  • 歴史情報満載
  • 豊かな自然
  • 文化文学紹介
  • UJIターン
  • ふるさと大使など
  • 企業向け情報
  • やまぐちQ&A
  • やまぐち写真館

特集「幕末維新の旅」下関市

下関市では、久坂 玄瑞(くさか げんずい)と共に松下村塾(しょうかそんじゅく)の双璧と言われた高杉晋作(たかすぎ しんさく)に関する史跡を中心にご紹介します。


下関市

奇兵隊の創設者「高杉晋作」

高杉晋作肖像画(下関市立長府博物館蔵)

高杉晋作肖像画(下関市立長府博物館蔵)

高杉晋作は、松下村塾で学び、身分を問わず志のある者を募った「奇兵隊(きへいたい)」の創設者として有名です。明治維新の実現に尽力した人ですね。

アヘン戦争後、他国に支配された清国の実情や近代化した外国の軍隊を上海視察で目の当たりにした晋作は、「世界の中の日本」について考えたのでしょうね、きっと。

「みもすそ川公園」 下関市みもすそ川町1番 [地図1]

みもすそ川公園の写真

「みもすそ川公園」には、「長州砲」のレプリカが展示されています。5門のうち真ん中の1門は、午前9時から午後5時までの毎時ちょうどに、発射音と煙の演出があります。

文久3(1863)年5月、アメリカの商船などを砲撃する攘夷(じょうい)(※1)戦がここ関門海峡で起きました。

翌年、英仏米蘭四国連合艦隊が報復に来襲し、海峡沿いは激しい砲撃を受けたそうです。家々は焼かれ、下関にあった砲台は上陸した連合軍の兵士に占拠されました。

藩主から「外国からの攻撃に備えるように」と下関行きを命じられた晋作は、下関に到着すると、間もなく奇兵隊を創設。最初は、白石正一郎(しらいし しょういちろう)という豪商の家を本営としていましたが、すぐに手狭になってしまうほど、たくさんの人々が参加しました。また晋作は、この攘夷戦の講和会議も成功させました。伊藤博文(いとう ひろぶみ)が 「動けば雷電の如(ごと)く」とたたえただけある、晋作ならではの行動力ですね。

攘夷戦の後、尊王(そんのう)(※2)攘夷派の旗頭だった長州藩は、文久3(1863)年の「8月18日の政変」(※3)で京都から追放され、翌年の「禁門の変」(※4)で敗れます。そして長州征討の勅命が下されるという、まさに危機的状況! 藩内は、「幕府に従おうとする勢力」と「幕府と戦おうとする勢力」が激しく対立しました。

  • ※1 他国を排撃する思想。
  • ※2 天皇を尊崇する思想。
  • ※3 長州藩は御所の警備の役目を解かれ、尊王攘夷派の7人の公卿(くぎょう)と共に京都を追放された。
  • ※4 再起を図ろうとした長州藩士らと、薩摩(さつま)藩・会津藩(現在の鹿児島県・福島県西部)などの兵が京都御所で戦った。久坂 玄瑞はこの戦で自刃。満24歳。

「功山寺」 下関市長府川端1丁目2-3 [地図2]

功山寺の写真

春は桜、秋は紅葉の名所です。仏殿は、建築年代のはっきりしている禅宗様建築では、日本最古のものです。

高杉晋作の像の写真

境内にある馬上姿の晋作の銅像は、決起の場面を表しています。

長州藩内において「幕府に従おうとする勢力」が力を持つ中で、晋作は、「この流れを変えるのは、今でなければ遅い」と、元治元(1864)年、ここ功山寺(こうざんじ)で、わずか80人ほどで決起。「これより長州男児の肝っ玉をご覧に入れ申す!」

長州藩の出先機関である新地会所(しんちかいしょ)を急襲、続いて防府の三田尻(みたじり)で藩の軍艦を奪うという勢いある行動に、流れは大きく変わっていきました。

「桜山神社」 下関市上新地町2丁目6-22 [地図3]

桜山神社招魂場の写真

高杉晋作の発議により創建された招魂場があります。吉田松陰(よしだ しょういん)、高杉晋作、久坂玄瑞などの高名な志士をはじめ、維新に尽くした人々が、身分に関係なく等しくまつられています。

招魂場の完成にあたって晋作は、「弔むらわる人に入るべき身なりしに(を)、とむらう人となるぞ悲しき(はづかし)」と詠んでいます。この句からは、晋作の心の痛みが伝わってきます。

「高杉東行終焉之地(とうぎょうしゅうえんのち)」 下関市新地町3丁目 [地図4]

高杉東行終焉之地の写真

慶応2(1866)年6月、幕府と戦った幕長戦争(四境戦争)。晋作は、小倉口の戦いを指揮し、勝利を収めましたが、この戦いが始まったころから患っていた病(肺結核)のため亡くなりました。満27歳でした。

「東行庵」 下関市吉田1184 [地図5]

東行庵の写真

晋作をはじめ、多くの維新の志士が眠る東行庵。晋作ゆかりの遺品などを収蔵、展示した東行記念館もあります。維新の志士を尊敬する人の聖地の一つと言っても過言ではないでしょう。早春は梅、初夏は菖蒲(しょうぶ)、秋は紅葉に彩られます。


高杉晋作の辞世の句の写真


白石正一郎の墓の写真

維新の志士たちを私財を投入し続けて支えた豪商・白石正一郎の墓もあります。

勇ましいイメージが強い晋作ですが、梅の花を好んだり、詩を作るのがとても上手な若者でもありました。病床で最後に作った句「面白き こともなき世に おもしろく」に、「住みなすものは心なりけり」と勤王の歌人・野村望東尼(のむら ぼうとうに)は続けたそうですが、晋作自身は、どんな言葉を詠みたかったのでしょうね。

【幕末維新を感じるスイーツ】晋作餅

晋作餅の写真

東行庵の名物、晋作の名を冠する焼き餅。シソの香りと塩加減が絶妙!ぜひお試しあれ。

山口きらめーる「おもしろ山口学」

高杉晋作関連のバックナンバーです。イベント等は掲載時のものですので、ご注意ください。

関連リンク

地図

下関市の地図