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明推協委員のエッセイ

◆気楽な時間

山口県明るい選挙推進協議会副会長 千葉 潤一郎

 関門海峡の傍らに、ゴールデンウィーク、おおよそ何もしなかった。只々、潮が東へ西へその方向をかえるのをとめどなく感じていた。このつけはいずれ、かえさねばならぬ気がする。

 ずっと昔の五十年前、ある老婆と出会った。下総生まれ。東京新橋で仲居をしていて見そめられ、その亭主の仕事で下関に来ていたのである。隅々まで磨きこまれた家に時々あげてもらった。接待は白湯と金平糖。よく可愛がってくれた。「潤」を「ジン」としか発音できないその人は、キセルの煙を通ったかぎ鼻からすっとふたすじに出してみせ、少年に浮世絵の世界を思わせた。
 十六の春、久々に近況の報告に寄った。「そうかい。ジンちゃんも青年だね。」と言いながら、初めて番茶が出された。あの人の姿勢である。十三年間私に示し続けたけじめであったのだ、と後年理解できた場面だった。敗戦後の大改革、働き盛りに初めて参政権を得、羽織に身をただし、投票した女性達の一人であったはずだ。明治生まれの頑固といえども活力のなかに余裕をもつ時代だった。

 日々を重ねるなかにいつも自分の姿勢を表し続けるのはそう易くない。現代人は、あの老婆の元気さを失うと同時にけじめも失ったのかもしれない。忙しさのなか、ふと取り留めなく何もしないですむ時間は失ったものを取り戻しているときなのだろうか。だったらこれはつけではなく、何か先払いした今までの貸しを取り戻しているということなのか。具体性の回復。

 ちょっと気持ちが楽になる。

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