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明推協委員のエッセイ

◆あって当たり前のしあわせ

山口県明るい選挙推進協議会理事 田中 俊男

 車で1時間以内の場所に銭湯タイプの温泉が多数あるのでよく利用する。中でも長門市 湯本温泉の市営浴場は入浴料が140円と缶コーヒー1本程度の値段で入れるのでよく出かける。ぬるい温泉に浸かって物思いにふけるといえば聞こえがいいが、性格がネガティブなのでろくなことは思わない。社長である父親と私、弟の3人でやっている建設機械の修理工場の売り上げが今月も上がっていないとか、月末の支払いをどうしようかなどと寅さんシリーズに出てくるタコ社長のようなボヤキが頭を駆け巡る。そのうちに土木工事も年々少なくなってきてこの業界はこの先大丈夫かなとか、世の中いざなぎ景気を超える好況というが地元はいまだに氷河期だよな。とだんだんエスカレートしてゆき、消費税も近いうちに必ず上がるだろうし、我々が高齢者になった頃が高齢化社会のピークだと聞くけど社会保障は大丈夫かなとか、大体国内総生産を超えるような国の借金をどうやって返すのだろう。と目前に迫った自らの難儀から目をそらすように話が大きくなっていく。その頃になると十分あったまって汗が出てくる。そろそろ湯から上がらなければならないという時分に、自分に言い聞かすようにこう思うのだ。そういえば俺は昨日も今日も三度三度のご飯をいただいたではないか、数年に1度くらいしかお医者にかからずにすむほど健康だし、お客様のおかげで今週も油まみれ、泥まみれになるほど仕事をさせていただいた。今でも十分に幸せだ。なるようになるさ、と。

 選挙に行くのは面倒だし、自分ひとりがいかなくても大勢に影響があるわけじゃなしと選挙に対する関心が薄く投票率の低さが問題になっている。しかし、世の中には飢えに苦しみ、職もなく恐怖政治ゆえ十分な主張ができない国もあると聞く。それらの国は、独裁社会であったり、専制政治であったり、内乱があったりと国民の総意が民主的な手続きによるものでないことが原因であるように見受けられる。水や空気と同じで選挙もいまやあって当たり前の存在であるが、我々がそれを放棄したとき、食べることや働くこと、健康であることというような、あって当たり前の幸せも放棄することになるのだな。温泉から帰る車の中でそのように結論づけるのである。

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