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逸 It's やまぐち 冬号 Vol.3
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維新の志士が駆け抜けた、歴史の道をたどってみよう!「やまぐち維新史回廊」

 明治維新の原動力となった多くの志士を輩出した地、萩や、その志士たちが集い、維新の拠点となった下関など、明治維新の要所を結ぶ街道は、歴史的にも重要な役割を果たしました。こけむした石畳や峠道、史跡などの街道風景は今も昔のまま。幕末の志士が心熱くして従来した街道をたどり、遠い歴史の足音に耳を傾けてみませんか?

山口県地図 D 赤間関街道 北浦道筋 C 赤間関街道 中道筋 B 山陽道 A 萩往還

維新の志士が往来した歴史の道
A 萩往還
 山陰側の城下町萩から山陽側の港・防府市三田尻を、ほぼ直線で結ぶ萩往還。毛利輝元の萩城築城後参勤交代の「御成り道」として整備され、維新の志士もこの道を駆け抜け国事に奔走しました。城下はずれの送迎の地・涙松には、安政の大獄で江戸に護送される吉田松陰が、萩との別れに詠んだ「帰らじと思ひさだめし旅なればひとしほぬるる涙松かな」が歌碑として残されています。険しい峠道や石畳の道を歩けば、時代を切り開いた先人の志が伝わってきます。

萩城跡   一升谷の石畳
萩城跡(はきじょうせき)/萩市
藩主毛利氏の居城跡。現在は「指月公園(しづきこうえん)」として整備されている。
  一升谷の石畳(いっしょうだにのいしだたみ)/萩市
今も当時の石畳を残す。

往時をしのばせる古い町並みが残る
B 山陽道
 岩国市から下関市まで、山口県域を横断する山陽道。そのコースは、都と太宰府をつなぐ古代の官道が元となっており、江戸時代に入ると参勤交代や物資流通の重要な陸路として整備されました。街道周辺には、玖珂郡和木町にある四境戦争(第二次長州戦争・芸州口の戦い)記念碑や、光市の伊藤公資料館など、明治維新と関わりの深い見所も点在しています。山陽道は広域にわたるため、鉄道を利用しながら、徒歩や自転車で2〜3駅区間をじっくり回ってみるのがお勧めです。

宮市本陣兄部家   伊藤公資料館
宮市本陣兄部家(みやいちほんじんこうべけ)/防府市
西国の大名が参勤交代の本陣として利用した。
  伊藤公資料館/光市
初代内閣総理大臣、伊藤博文(いとうひろぶみ)の遺品を展示。

明治維新へと導いた激動の道
C 赤間関街道 中道筋
 萩と赤間関(現・下関市)を結ぶ赤間関街道には三つのルートがあります。カルスト台地で有名な「秋吉台」を抜ける中道筋は、萩と赤間関を最短距離で結ぶ街道。21歳の吉田松陰が、萩から九州遊学の旅に向かう際に通ったのもこの道でした。周辺には、明治維新の導火線となった大田・絵堂戦跡や、高杉晋作が倒幕を目指して決起した功山寺など、歴史を今に伝える史跡を多く有しています。そのほとんどが山道のため、車と徒歩を使い分けるのがお勧めです。

功山寺   絵堂戦跡記念碑
功山寺/下関市
晋作は80人足らずを率いて功山寺で挙兵した。
  絵堂戦跡記念碑/美東町
大田絵堂の戦いで、晋作ら奇兵隊(きへいたい)が萩の政府軍に勝利した。

美しい日本の風景に出会える
D 赤間関街道 北浦道筋
 赤間関街道の一つ、日本海沿いの北浦道筋周辺には、天保の藩政改革の中心人物、長州藩重臣・村田清風の旧宅や、攘夷戦で外国船に砲撃した壇之浦砲台跡など、幕末の長州藩を物語るさまざまな史跡が残されています。また、道筋に沿って湯本や滝部、川棚などの温泉や寺院、霊山も多く、昔から湯治や参詣の旅に利用されてきました。現在この道は長門ブルーラインとも呼ばれ、潮風を受けながら風光明媚な海岸線を走る、西日本屈指のドライブコースとして人気を集めています。また、日本の棚田百選にも選ばれた日本海を見晴らす棚田が広がる地域もあります。

棚田   村田清風旧宅[国史跡]
棚田/長門市   村田清風旧宅[国史跡]/長門市
三隅(みすみ)山荘とも呼ばれる。隣には記念館もある。

【お問い合わせ】
 山口県文化振興課 電話:083-933-2627


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