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山口県の「きらめく元気」を発信
 

彫刻で、ときめく宇部 未来への文化発信特集1 元気元景やまぐち ファイティングスピリットの故郷「宇部市」夢先案内人/タレント 西村知美

 山口宇部空港を擁し、山口県の空の玄関口でもある宇部は、「緑と花と彫刻のまち」をキャッチフレーズとし、まちじゅうにさまざまな彫刻が点在しています。この魅力的なまちを生み、育ててきたのは、先見性に富み、自らの手でまちを豊かにしていこうという意欲あふれる宇部の人々のパワーでした。
 「彫刻のまち・宇部」を、宇部出身のタレント西村知美さんと一緒に歩きました。

西村知美
昭和45年(1970)宇部市生まれ。1985年第1回ミスモモコグランプリで優勝し、14歳で上京。1986年映画「ドン松五郎の生活」に主演、歌手としても「夢色のメッセージ」で同時デビュー。以後、映画・ドラマ・歌謡番組・バラエティ番組・CMなどに出演し、女優・歌手・タレントとして幅広く活躍。2002年、24時間テレビで100kmマラソンを完走。2004年にはアニメ映画「それいけ!アンパンマン夢猫の国のニャニャ」で声優も担当。私生活では1997年に結婚、2003年長女を出産。13もの資格を有する資格取得マニアでもある。著書にエッセー集「天然出産」など。


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 キラキラと輝く湖面に、白鳥、黒鳥たちの群れ。周囲約10キロメートルの常盤湖を中心に広がる緑いっぱいの常盤公園は、山口宇部空港や宇部市街地から車で十数分の市民憩いの場。約188へクタールの広々とした園内には、野外彫刻広場を中心にさまざまな彫刻が設置されている。
「懐かしいですね。子どものころから、遊びに行く、といえばこの常盤公園でした」と、まぶしそうに広い園内を見わたす西村知美さん。テレビでおなじみの笑顔もここではいちだんとリラックスしたものに見える。
「でも、この公園にこんなに多くの彫刻があったなんて子どものころは気づきませんでした。なぜかしら?」という西村さんの問いかけに、「宇部で育った若い世代や現在の子どもたちにとっては、野外彫刻は芸術作品というよりもっと身近な存在だからでしょう。そこにあるのが当たり前、といったような…。西村さんもそうだったのではないですか」と応えたのは、4年前まで宇部市野外彫刻美術館の副館長を務めていた相原幸彦さん。今回、西村さんの故郷・宇部を「市民の手によって築かれた彫刻のある文化都市」という視点で案内してくださる方だ。
 美術館…といっても、実は「館」たる大きな建物があるわけではない。宇部市ではこの常盤公園をはじめ市内各所に多くの彫刻が設置されており、その数ざっと300点。それら彫刻の据えられた空間を総称して「野外彫刻美術館」ととらえているのだ。

蟻の城 光影体 コスミック・アーチ
『蟻の城』
向井 良吉
『光影体』
鎌塚 昌代司
『コスミック・アーチ』
鹿田 淳史

 市内に点在する彫刻の多くは、宇部市が常盤公園を会場に昭和40年(1965)から1年おきに開催している「現代日本彫刻展」の出展作品だ。同展は毎回、招待と公募で選ばれた計20点の作品を、常盤公園に据えて審査するもの。公募には毎回、約300点もの作品が寄せられ、出展作品に選ばれること自体、新進の彫刻家の登竜門となっている。展覧会開催後、宇部市は入賞作品など数点を購入し、市内各所に設置。今年開催する第21回展でも4点の購入を予定している。作品の設置場所は常盤公園内になる場合もあり、公園内では現在、80点の作品がそれぞれの居場所で個性を主張している。
 中でも目を引くのは、彫刻広場の中央に堂々たる姿を見せている向井良吉の「蟻の城」。「宇部」をテーマに昭和37年(1962)に制作されたこの作品は、「彫刻のまち・宇部」のシンボルとされている。
「宇部市がわが国初の野外彫刻展を開催した翌年に向井氏に制作を依頼した作品です。この『蟻の城』をはじめ公園内や市内の随所に設置されている野外彫刻は、各年度の秀作ばかりといえます」という相原さんの言葉に、「そういえば、中学時代によく買い物に行っていた店の近くにあったモニュメント…あれも受賞彫刻だったんですね。それに、空港にも…宇部に縁のある人の作品なのかな、と漠然と思っていたんですけど、実は厳しい審査を勝ち抜いた名作だったんですね」と西村さんは瞳を輝かせた。


「宇部市の野外彫刻の設置には、作品に直接触れてほしい、という狙いもあるんです」という相原さんの言葉どおり、人々が憩う常盤公園で作品に腰かけて談笑する2人。

相原幸彦(あいはら ゆきひこ)
昭和5年(1930)生まれ。昭和25年(1950)宇部市役所に入所。野外彫刻展を昭和36年(1961)開催時から17年間担当。昭和60年(1985)から宇部市立図書館長、平成3年(1991)定年退職。郷土資料館指導員、非常勤講師を経て、平成7年(1995)から平成13年(2001)まで宇部市野外彫刻美術館副館長。著書に詩集「不在者のうた」(芸風書院刊)など。昭和58年(1983)教育選奨芸術文化部門賞(現・山口県文化功労賞)を受賞。

名作散歩のまち

 名作の数々をさらに鑑賞すべく、2人は宇部市中心街の「シンボルロード」へ赴いた。JR宇部新川駅前と国道190号を結ぶ約600メートルの道路には街路樹に彩られた歩道がゆったりと続き、具象・抽象、さまざまなタイプの彫刻がそこかしこに置かれている。「柳原義達、多田美波、速水史朗、池田宗弘、伊藤憲太郎…これらの作品が設置されているこの道を歩けば、まさに現代日本彫刻界の代表作家の力作に出会えます」という相原さんの説明に耳を傾けながら、西村さんは彫刻にぐっと近づいたり、ちょっと離れて見たり…と実に熱心に鑑賞し、「この通りにある彫刻は、それぞれが街並みにとけ込んでいる感じですね」とにっこり。相原さんは「購入後の設置場所は、設置委員会が作品の持ち味と周囲の景観等を検討し、作者の同意を得て決めていますから。平成12年度からはライトアップにも取り組み、夜間照明された彫刻も好評です」とさらに言葉を添えた。
 続いて、宇部市立図書館へ。ここでも館内外に日本彫刻界のそうそうたる面々の作品がさり気なく置かれ、まるで美術館のようだ。庭に置かれた佐藤忠良の「冬の子ども」の前で「かわいい」と思わず足をとめた西村さんに、「この作品は、終戦間もなく、宇部を緑や花や彫刻のあるまちにしたいと願った当時の市長が亡くなった後、市民の募金により購入したものです。生前の市長が好んでいた作品でした」と相原さん。「募金で?それはすごいことですね」と西村さんが聞き返すと、「市民自らの手で彫刻のあるまちにしていこうという宇部市民の心意気を象徴していますね。募金や寄附によって購入された彫刻は他にもたくさんあります。そもそも、宇部に彫刻が飾られるようになったのは、戦後間もないころに始まった『緑化運動』や『花いっぱい運動』などの市民活動が『まちを彫刻で飾る運動』へと広がっていった結果なのです。それらの原点には、公害問題、青少年問題の克服があったのですが…」と、相原さんはゆっくりと「彫刻のあるまち宇部」のルーツを語り始めた。

シンボルロードを歩きながら、「いろいろな角度から作品を鑑賞できる点も魅力ですね」とほほ笑む西村さんに、「実に的を射た感想ですね」と相原さん。

有限から無限へ

 宇部は、石炭を基盤に発展してきたまちだ。採炭は江戸時代に始まり、明治時代中期には炭鉱は海岸部に進出。第一次世界大戦による戦争特需で石炭産業は好況を呈し、人口も急増して、宇部村は町制を経ず一気に市制を施行した。宇部は交通の動脈である山陽道から外れ、政治の中心であった萩や山口からも離れていたものの、まさに石炭産業を核に目覚ましい経済発展を遂げた。昭和になると、その勢いは化学工業へと引き継がれた。炭鉱の経営をはじめ、宇部経済の基礎を築いた渡辺祐策の「有限の石炭から無限の工業へ」という信念どおり、宇部は限りある天然資源・石炭のみに依存せず、自ら生産していく工業を基盤にまちを発展させていったのだ。炭鉱を中心にセメント事業、石炭化学事業などが次々と興され、社会資本も整備されていった。「終戦翌年の昭和21年(1946)には幅50メートルの道路の建設に着手し、『街のまん中に滑走路を作る気か』と進駐軍を刺激したとも言われていますが、その道路で、まず交通の大動脈を完成させ、その後の都市計画の礎をつくったのです」と相原さん。
 第二次世界大戦後のエネルギー需要の変化によって、石炭産業が斜陽化し多くの産炭地が衰退する中でも、宇部は早くから工業都市への転化と都市整備に尽力する先見性と自助努力によって見事に生き延びたのだ。

結び、自ら築く

 発展の裏には、石炭使用量の増加に伴うばいじん汚染問題があった。しかし、宇部はその対策にも独自のパワーを発揮した。昭和26年(1951)に、市民・企業・学者・行政の四者からなる「宇部市ばいじん対策委員会」を設置し、全市民が一体となった公害対策の取り組みを積極的に展開したのだ。「産・官・学・民」の連携(パートナーシップ)は、今でこそ珍しくないが、戦後数年目の当時、環境対策分野としては国の取り組みにも先駆けたもので、「宇部方式」と呼ばれた。
「その公害対策の一貫として、土壌づくりから手がけて多くの街路樹を植える緑化運動が進み、昭和33年(1958)には宇部市女性問題対策審議会の提唱で『市民公園を花で埋める会』が発足しました。同時に、美しい町づくりへの願いは戦後混乱期の青少年の心の荒廃を防ごうとする教育的配慮でもあったのです。やがて婦人団体が花の種代として集めた募金を市に寄附し、市は種を買い求めた残金で『ゆあみする女』という彫刻のレプリカを購入し、宇部駅(現・宇部新川駅)前の噴水池に置きました。これが好評で、花と緑に加えて『まちを彫刻で飾る運動』が提唱され、昭和36年(1961)の第1回宇部市野外彫刻展の開催につながり、さらに現代日本彫刻展の隔年開催へと発展したのです」と相原さん。「宇部方式」は国際的に高く評価され、平成九年に国際環境計画(UNEP)から「グローバル500賞(※注1)」を受賞。同年、宇部市で開催された「山口・宇部 国際シンポジウム」では、「宇部方式」の精神を地球温暖化対策の有効な先駆事例とした「宇部アピール」を広く世界へと発信した。さらに同14年には、その手法を生かし、地球環境問題にまで視野を広げた「宇部市地球温暖化対策ネットワーク(※注2)」が発足。住環境を「産・官・学・民」の連携により自ら守る…という宇部の自助努力の気風は、環境問題を地球規模でとらえるべき未来へも確実に受け継がれていっている。

※注1 UNEP(国際環境計画)が、持続可能な開発の基盤である環境の保護および改善に功績のあった個人及び団体を表彰するもの。
※注2 環境省指定の任意団体。地域における地球温暖化防止対策を協議、実践し、環境共生都市の実現を図ることを目的に、平成14年(2002)10月に設立された。


石炭記念館・展望台からは、西村さんが子どものころよく訪れたという
ときわ遊園地も見下ろせ、表情もいちだんと和やかに。

さまざまな実のなるまち

 石炭産業の歴史が話題に上ったので石炭記念館も見学することになり、2人は再び常盤公園に戻った。途中、公園の正門近くでは、アニメ映画にもなったモモイロペリカン・カッタ君のモニュメントから、西村さんが自ら作詞し、歌った曲「きらめきの翼」が流れていた。
「家の近くの岩鼻公園からの風景を思い出して作詞したのですが、自分の歌声を聞くのは恥ずかしいですね」と西村さんは少し照れながら、記念館屋上の展望台へ。ここからは、常盤湖と公園、そして宇部のまちが一望できる。
「上京後、『私の故郷・宇部は自然に恵まれ、公園も空港も海水浴場も温泉も、ともかく何でもあるまちです』って、いつも自慢してきましたけど、その上、まちじゅうにすばらしい彫刻がたくさんある、まるで巨大な美術館のようなまちだったんですね。しかも、市民のパワーで『彫刻のあるまち』を育ててきたことに誇りを感じます。そういえば、映画『カッタ君物語』も市民の募金で制作されたんですものね」と、生き生きと語る西村さんにうなずきながら、相原さんは常盤湖の対岸を指し、「あれが湖水ホールです。館内には屋内彫刻を展示し、特に宇部の彫刻展の創成期からご協力いただいた柳原義達・向井良吉両氏の作品展示コーナーも設けています。後でご案内しましょうね」と応えた。
「そのお二方の功績は、大きいわけですね?」と尋ねる西村さんに「当時既に一流の彫刻家であった両氏が宇部市彫刻運営委員として彫刻展の開催に尽力し、以後も協力し続けられたことで、宇部の彫刻展は芸術性を重視する、という方針が確立され、定着しました。それが発表の場を求めている全国の彫刻家たちにも支持され、彫刻展の継承にもつながったのです」と相原さん。「“彫刻のあるまち”の成り立ちの裏には宇部の歴史があるように、1つひとつの彫刻にもそれぞれ作者の心やストーリーが秘められているんでしょうね。それをたどりながら、宇部にあるすべての彫刻を鑑賞してみたいですね。私はよく、1本の木にいろいろな実がなるとどんなに楽しいだろう、って思うんですけど、宇部はまさにそんな木にも似た、心ときめくまち。ますます自慢に思えてきました」
 しみじみと語る西村さんの頬に、かつて炭鉱のまちを、そして今は数々の彫刻を照らしている夕日が、柔らかく映っていた。

ロンド
1.『ロンド』
黒川晃彦
作品65-3
2.『作品65-3』
土谷武
アルウィン・ニコライの陽I〈眩驚〉
3.『アルウィン・ニコライの陽I〈眩驚〉』
土田隆生
ノアの家族
4.『ノアの家族』
池田宗弘
[ 1、3 撮影/脇坂進 、2、4 宇部市提供]
 石炭という天然資源をもとに、真の豊かさを追求し続け、市民自らの力で「彫刻のあるまち」を築き、受け継いできた宇部。近年は、彫刻のボランティアガイドの活動や、ライトアップ彫刻の鑑賞ツアー、彫刻展関連のワークショップの開催など、設置された彫刻を地域の資源としてさまざま形で活用しながら、まちづくりを進めつつある。今年開催される第21回現代日本彫刻展には、公募で入選した海外在住の彫刻家2人の参加も予定され、今後は「彫刻のまち・宇部」の国際的評価も高まりそうだ。来年秋に開催される「第21回国民文化祭・やまぐち2004」の彫刻展では「みる、つくる、ふれる」をキーワードにさまざまな市民参加型のプログラムが予定されている。
 宇部の元気の結実は、広く多彩な広がりを見せている。

インフォメーション

常磐公園

●開館時間 午前9時〜午後5時
●休館日 無休
 ときわ遊園地のみ毎週火曜休園
 (火曜が祝日の場合は翌日休園
  春休み、夏休み、五月連休中は無休)
 TEL 0836-21-3541

湖水ホール(展示室)

●開館時間 午前9時〜午後5時
(湖水ホールは午後01時まで開館)
●休館日 年末年始
 TEL 0836-51-7057

館内にて宇部市内の彫刻マップ「彫刻散歩道」(「宇部市全域〜市街地コース」、「常盤公園周遊コース」の2種類)を無料配布


宇部市・阿知須町・小野田市

龍心庭 キワ・ラ・ビーチ 北向地蔵
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吉部の大岩郷 きらら浜自然観察公園 竜王山
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 今から約1200年前に創建された禅宗の名刹・宗隣寺(そうりんじ)の1「龍心庭(りゅうしんてい)」は南北朝時代に築かれた県内最古の名庭で国指定の名勝。遠浅で波穏やかな海水浴場 2 「キワ・ラ・ビーチ」。春には潮干狩りの人でにぎわう。願かけで知られる 3「北向地蔵(きたむきじぞう)」では4月24日に大祭が行われ、近くの「片倉(かたくら)温泉」に立ち寄る参拝客も多い。平成16年に宇部市と合併した旧・楠(くすのき)町の 4 「吉部(きべ)の大岩郷(おおいわごう)」では、約3ヘクタールにわたって広がる無数の巨岩群が見られる。宇部市の隣町・阿知須(あじす)町の 5 「きらら浜自然観察公園」は、きらら浜に生息する野鳥を中心とする生物とその自然環境を守りながら自然を観察できる施設。やはり隣接する小野田(おのだ)市の 6 「竜王山(りゅうおうざん)公園」は約一万本の桜の名所。

※小野田市は平成17年3月22日に合併して山陽小野田市となります。

宇部市・阿知須町・小野田市地図
観光の問い合わせ
●宇部市商業観光課
 TEL 0836-34-8353
http://www.city.ube.yamaguchi.jp/
彫刻についての問い合わせ
●宇部市教育委員会文化振興課
 TEL 0836-34-8616


参照サイト

山口県広報広聴課課


〒753-8501
山口県山口市滝町1-1
TEL 083-933-2566
FAX 083-933-2598
E-mail
a11000@pref.yamaguchi.lg.jp
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