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トップページ > 組織から探す > 政策企画課 > おいでませ知事室・立命館大学知事リレー講義(第3期)

平成19年 (2007年) 5月 10日

政策企画課

立命館大学全国知事リレー講義・講義録

日時 平成19年4月17日(火曜日)14時40分~16時10分

場所 立命館大学衣笠キャンパス    明学館2階93号教室



講義録目次


■ はじめに

1.自己紹介

2.山口県と立命館大学との関わり

■ 知事への関心の高まり

1.知事の不祥事と「そのまんま現象」

2.知事の多選問題

■ 私の県政に臨む基本姿勢

1.正直であること

2.住民の意識改革~自助・共助・公助~

3.市町村重視~近接と補完の原理~

4.安心・安全重視~マズローの欲求段階説~

■ 住み良さ日本一の県づくり

1.住み良さの意義

2.やまぐち住み良さ指標

3.県民運動の展開

■ 元気な県づくり

1.県民力の発揮

2.地域資源の活用による「山口県らしさ」の創出

①山口県の産業構造の特色

②ごみの資源化

③水素の活用

④やまぐちエコ市場による循環ビジネスの育成

⑤森林バイオマスエネルギーとしての活用

■ おわりに

1.映像の中の山口県

2.おいでませ山口へ



はじめに


1.自己紹介


 皆さん、こんにちは。ただ今、ご紹介いただきました、山口県知事の二井関成と申します。現在、3期目です。

 私が初当選したのは、1996年8月です。当時、苗字が「二井」では選挙向きではないという話もあったようですが、私は、「二井」を「一位」にとか、「二井」は数字で言えば「21」ですから、21世紀の「二井」として頑張るのだということを強く訴えまして、「県民党」という立場で選挙を戦いました。

 もちろん、私の思いは、「21世紀の山口県を元気にしたい」「21世紀の山口県を大いに発展させたい」という思いをこの数字の「21」に込めてみたわけです。

 私は、数字の「21」には運命的なものを感じ、現在も、「山口県の21世紀を素晴らしいものにしたい」という特別な思いで取り組んでいます。


 この画面に私のピッチャー姿が出ていますが、これは、1999年5月の甲子園での阪神・巨人戦ですが、2001年に山口県で開催した博覧会「山口きらら博」をPRするために、ユニホームのマークに山口きらら博という文字を入れ、超満員の5万数千人の観客の前で始球式を行った時の写真です。背番号も「21」をつけて出ました。

 また、自家用車のナンバーも「21」にしていますし、ゴルフも上手くなってもハンデは「21」、すべて「21」にこだわって頑張っています。





2.山口県と立命館大学との関わり


 さて、伝統ある立命館大学にお招きいただきましたので、まず、山口県と立命館大学との関わりということで、二人の方をご紹介します。

 まず、お一人は、皆さんの方が詳しいと思いますが、戦後、立命館大学の総長を歴任された、故・末川博先生です。

 末川先生は、山口県東部、岩国市玖珂町の生まれです。

 このキャンパスにも末川記念館がありますが、「未来を信じ、未来を生きる」という末川先生の言葉は、様々な講演や大学・高校等の式辞でも引用され、あまりにも有名ですし、私の好きな言葉の一つです。

 もう一人は、近代文学を代表する叙情詩人、中原中也です。


 昨年秋に、山口県から8人目となる安倍総理が誕生しました。ここに、8人の総理大臣のお名前と顔写真を掲げさせていただいております。山口県は、吉田松陰、高杉晋作に始まり、政治関係の人材が目立ちますが、中原中也や童謡詩人金子みすゞ、放浪の俳人・種田山頭火、「おはん」を書いた宇野千代などの個性豊かな文学者も多く出ています。




 ところで、中也ですが、1907年(明治40年)4月、山口市の湯田温泉で生まれました。医者になることを期待され成績は優秀だったようですが、途中で文学に熱中し旧制山口中学を落第してしまいます。

 そのため、両親は、離れた地の学校に転入学させます。それが立命館中学で、1923年(大正12年)のことでした。

 中也が、京都で過ごした期間は2年という短いものでしたが、この京都での友人や恋人との運命的な出会いが、本格的な詩の創作活動の契機になりました。


 スクリーンに、中也の「帰郷」という詩、「これが私のふるさとだ さやかに風も吹いてゐる」という有名な詩を掲げていますが、中也は、生存中は充分な評価も得ないまま、帰郷を前に30年の短い生涯を閉じます。

 その名声は、死後高まり、年とともに評価が上がってきており、山口市湯田温泉には、現在、記念館が建っています。今年、生誕100年で、誕生日の4月29日を中心に様々な記念イベントがありますので、どうぞ、皆さんもぜひお越しください。


 なお、先日、中国の温家宝首相が来日され、この立命館大学にも来られました。私は野球が好きですから、あの野球をされている姿をテレビで見させていただきましたが、なぜ、立命館大学に来られたか、その縁を聞いてみますと、「孔子」の関係と伺いました。「孔子」のふるさと・山東省は、山口県と古くから交流を持っておりまして、今年は、友好協定締結25周年にあたり、年末には山東省から山口県へ孔子像が贈られるなど、様々な記念行事が予定されていますから、そのような面でも、立命館大学と山口県は関係があると思いましたので、併せてご紹介させていただきました。


知事への関心の高まり


1.知事の不祥事と「そのまんま現象」


 最近、知事に対する関心が非常に高まっていますので、山口県のことを話す前に、少し知事に関わることについて話をさせていただきたいと思います。

 今、統一地方選挙の最中で、この8日には、13都道府県の知事が選ばれましたが、昨年ほど、知事のイメージが落ちてしまった年はなかったのではないかと思います。知事の官製談合事件があり、また、裏金問題があり、関係する県知事がしばしばブラウン管に登場し、新聞紙上を賑わせてしまいました。地方分権を一層推進していかなければならない重要な時期だけに、極めて残念に思っています。

 一方、今年2月3日には、宮崎県知事に「そのまんま東」(東国原英夫)氏が当選し、我が国には、東国原知事しかいないのではないかと錯覚されるほど、マスコミで取り上げられています。パフォーマンスが苦手な私から見ると、大変うらやましくもあります。

 また、東国原氏のマニフェストにも注目が集まりました。ただ、あのマニフェストは、2月19日付けの読売新聞によると、「早稲田大大学院生や大手調査研究機関の社員ら、20~30歳代の約10人が協力し、作成期間は3日間。メンバーの大半は宮崎を訪れたことがないが、県庁のホームページで公開されているデータをもとに作成した」のだそうです。マニフェストとはそんなに安易なものかと当時大変残念に思いました。

 私は、マニフェストを当選後、どのようにして点検・評価をし、その責任を求めていくのかが今後の課題であると思います。

 したがって、宮崎県については、策定経過はともかく、今後、マニフェストの実現をどのようにして図るのか、他県の事ですが、注目したいと思っています。

 また、今回の統一の知事選挙でも、退職金や知事公舎を主要な争点とする候補者もいらっしゃいました。私は、知事の退職金は少し高いと思っていましたので、2004年の知事選の際にはそれを政策としては掲げませんでしたが、当選後直ちに条例改正し、当時としては、全国でも最も低い退職金額に変更しました。現在でも、おそらく、かなり低い方にあるだろうと思っています。このような退職金の問題は県民に訴えるものではなく、本人の自覚・判断の問題だと考えています。

 また、知事公舎についてですが、私は、たまたま自宅が県庁のすぐそばにありますので、知事公舎には入っておりませんし、昭和の初めに建設された建物であり、耐震上も問題があることから、先般、解体しました。ただし、私は、危機管理上、トップがいかに指示を出すかということは大変重要なことであると考えていますので、危機管理機能を十分果たすためにも、知事公舎は必要であると考えています。


2.知事の多選問題


 次に、知事に関わることとして、知事の多選問題について、少し触れてみたいと思います。

 先ほど、申し上げましたように、私は現在3期目で、来年8月に知事選挙があります。皆さん、ご承知かと思いますが、昨年、知事の不祥事があったこと等から、自民党本部は、4選以上は推薦しないことを決定されました。民主党等もすでに同様の決定をされていますので、私が出馬するにしても、政党の推薦は受けない形になると考えています。

 しかし、なぜ、このように多選を制限しなければならないのでしょうか。結論から先に申しますと、私は、このことに対し、非常に疑問を持っています。

 一般的に言われる多選の弊害と多選を制限する弊害について、この画面にありますように、整理しております。

 多選の弊害の一つ目ですが、特に、行政運営の項目に、人事の停滞、側近政治ということを挙げています。

 知事の権限は、人事、予算、許認可等、大変強い権限を持っていますので、在任期間が長くなりますと、驕りが出て、自らの行動を省みなくなります。あるいは、「虎の威を借りた狐」による側近政治が行われるようになり、組織内部の風通しも非常に悪くなってきます。また、外部との関係も、特定の者との関係が深まり、いわゆる様々な「しがらみ」が生まれ、腐敗につながっていきます。

 それから、二つ目は、議会のチェック機能が低下するということです。

議会の「与党化」が進み、議会のチェック機能が低下し、行政が惰性に陥りやすくなるということです。

主に言われていることは、この二つです。

 一方、あまり言われないことですが、多選を制限する弊害もあります。

 例えば、長期的視野での政策に取り組むことができず、財政改革等の難しい問題は先送りし、当面の人気取りにつながる政策を優先することになりがちです。

 そこで、多選についての私の見解を申し上げますと、多選の弊害は、本人や議会の強い自覚と積極的な「情報公開」により、かなり防ぐことができると思います。また、弊害がひどいようでしたら、有権者も当然わかるはずですから、そのような人は、次の選挙で有権者の皆さんが落とせばよいのです。

 したがって、私は、金のかからない選挙になるよう、選挙公営等を拡充し、制度的に選挙に出やすい仕組みづくりをするとともに、政党も、多選を制限するというような後向きの姿勢ではなく、多選の弊害があるような候補者に対して対抗馬を立てるくらいの強い気持ちで対応すべきではないかと思います。

 しかし一方で、現在の地方を取り巻く環境は、財政状況を含めて大変厳しい状況にあります。また、ドッグイヤーとか、さらにはマウスイヤーと言われるように、時代が非常に激しく変化してきていますから、知事自身は、どこまで情熱を持ち続け、時代の変化に的確に対応できるか、常にそのことを念頭に置いて謙虚に仕事をしなければならないと考えています。

 以上、諸々考え、現時点では、私は、自らの自覚の問題として、「最大限4期まで」と表明いたしており、いずれにしても、今、様々な状況がありますので、この秋くらいには、具体的に考えていきたいと思っています。


私の県政に臨む基本姿勢


 ここからは、具体的な県政に関する話を始めさせていただきます。私の県政に臨む基本姿勢として、四つほど挙げています。


1.正直であること


 まず、一つは正直であるということです。私は、昭和18年、1943年に、秋吉台、秋芳洞などが近くにある、山口県美祢市という山口県の内陸部で生れました。我が家は、呉服店、衣料品店で、私は、長男でしたので、小さい頃から、家(店)を継ぐ者として育てられました。小学生の頃、呉服の仕入れのため、親について何度か京都にも来たことがありますが、特に、父からは、「商売は信用が第一だから、『正直』でないといけない」と、くどいほど言われてきました。

 その親の働く姿を目の当たりにして育ちましたから、今もって「正直」であるということを基本に仕事をしているところです。

 具体的に申しますと、知事に就任以来、原則として「県民に不利益になるもの以外は、県の持っている情報は、包み隠さず、すべて公表する」こととしています。今回の知事選挙でも、「情報公開の徹底」を公約として掲げている知事候補もいらっしゃいましたが、私は、情報公開は政策ではなく、あらゆる政策を築いていく上でのベースになるものだと考えるべきだと思っています。

 私は、「正直」であることが県民の皆様の信頼につながる、「正直」が信頼の基本であるということをモットーに、知事としてはもちろん、自分自身の人生を歩み続けていきたいと思っています。

 なお、そのほか、知事として気をつけている点を、あと二つだけ申し上げます。一つは、物事を判断するときに、その中に私心が入っていないか、常にチェックすることです。京セラの稲盛和夫名誉会長の言葉をお借りすれば、「動機善なりや、私心なかりしか」ということです。もう一つは、先見性、決断力を養うために、歴史や自分自身の体験から各種教訓を学ぶということです。そのために、日々研鑽、これからも学び続けていきたいと考えています。


2.住民の意識改革~自助・共助・公助~


 県政に臨む基本姿勢の二つ目は、住民の意識改革としての自助・共助・公助ということです。

 私が知事になる直前の、1995年5月に地方分権推進法が5年間の時限立法として成立しました。私は、これを契機に、21世紀は必ず地方分権が大きな流れになると考えました。

 ご承知のように、地方分権とは、「地方のことは地方の責任で」ということですから、行政はもちろん、住民の皆様も、「自分でできることは自分でする」という、「行政依存」から「自立」に向けて、その意識を変えなければならない時代になってくる、そのためには、住民の皆様の意識を変えていかなければならない、その意識改革のキーワードとして、私が常々申し上げているのが、ここに挙げた「自助・共助・公助」です。

 まず、「自助」というのは、自分たちができることは自分たちで、家庭でできることは家庭で行う、そして、「共助」は、個人あるいは家庭でできないことは、地域社会の中で、お互いに助け合って問題解決を図る、そして、どうしても「自助」「共助」という民間でできないことを公がサポートするのが「公助」ということになります。

 イギリスの作家スマイルズの「自助論」は、明治の多くの青年たちの心をとらえたと言われていますが、その中で、「自助の精神が、その国民全体の特質となっているかどうかが、一国の力を見る際の正しい尺度になる」と述べています。

 この言葉は、「国」を「県」に置き換えれば、「自助の精神が、その県民全体の特質となっているかどうかが、その県の力を見る際の正しい尺度になる」ということになります。

 私は、まさに国を県に置き換えれば、この地方分権時代にふさわしい言葉であると考えています。


 では、どうしたら、この県民全体の「自助」の力を高めることができるのか、そのための大きな舞台が必要ではないか、と考え、私が決意しましたのが、21世紀のスタートに当たり博覧会を開催するということです。これは、その博覧会会場の上空写真ですが、21世紀のスタートに当たり、ジャパン・エキスポ「山口きらら博」を開催したのです。これについては、のちほどもう少し具体的にお話しさせていただきます。



3.市町村重視~近接と補完の原理~


 私の県政に望む基本姿勢の三つ目は市町村重視ということです。


 1985年に制定され、現在ではヨーロッパの30ヵ国が批准しているというヨーロッパ地方自治憲章に「近接と補完の原理」というものがあります。

 この原理は、この図を見ていただければわかりますように、まず、住民ができることはできるだけ住民が行い、どうしてもできない政治行政を、住民に最も身近な市町村で行い、市町村ではできない広域的な分野は、日本で言えば都道府県で行い、そして、どうしても国でなければできない分野のみ国が行うというものです。



 私は、現在、全国的に進行中の市町村合併についても、この原理と同じ考え方で積極的に取り組んできました。


 具体的に申し上げますと、山口県では、市町村合併への積極的な取組により、平成15年3月末現在で、56あった市町村が、現在22市町になっています。画面の山口県地図の中央に白い部分がありますが、ここが私の生まれた美祢市というところで、来年3月末には、美祢市と秋芳町、美東町が合併し、13市と7町になります。

 細かくは言いませんが、私は、最終的には9市にしたいと考え、これからも合併を進めていきたいと思っています。

 こういうふうに合併が進んでまいりますと、では、県が必要なのかという話が当然出てきます。それが、いわゆる道州制の論議であり、現在、国において、道州制を導入すべきであるとして検討が続いています。全国知事会においても、こういう状況の中で、現在、基本的な考え方をまとめ、引き続き議論を続けているわけですが、いずれは、この道州制に向かっていくだろうと思っています。

 このような状況の中で、住民に最も身近な市町村に県の持っている権限を移していくべきだと考えておりまして、私は、山口県独自の考え方に基づき、たとえ、市が「特例市」という制度の要件である、人口20万人以上にならなくても、特例市並みの権限移譲をしたいと考え、関係市の皆さんと具体的に協議を行っています。権限移譲の内容は、都市計画、まちづくりの権限が主になりますが、そういう権限をできるだけ移譲していきたいという考え方で取り組んでいるところです。

 なお、昨年末に「地方分権改革推進法」が成立し、第2期改革の論議が本格的にスタートしました。

 私は、国の役割は、「国でなければできない仕事」、すなわち、外交、防衛など国家の存立に関する問題や、社会保障や経済など政府がリーダーシップを持って全国的な観点から進めなければならない課題に限定すべきであり、それ以外の権限等は国から地方に移譲すべきであると考えています。そういう方向で、我々は、一致結束して、本当の地方分権改革が進むように、これから努力をしていきたいと思います。

 地方分権改革は、単なる「国」と「地方」の役人や政治家の争いではなく、政治行政を住民の身近なところに引き戻せるかどうかという生活者の視点に立った戦いであり、これからの日本の国のかたちづくりを考える上で、極めて重要なことですから、皆さんも、今後の成り行きを注視し、地方の立場で、応援していただくよう、お願いします。


4.安心・安全重視~マズローの欲求段階説~


 私の県政に望む基本姿勢の四つ目は安心・安全重視です。

 この関係で申しますと、「マズローの欲求段階説」というものがありますが、皆さんご存知でしょうか。


 アメリカの心理学者マズローは、この図のとおり、人間の欲求には段階があって、まずは、「食べる」「眠る」などの「生存の欲求」から始まり、安全に生活したいという「安全の欲求」に移っていく、そして、人間が生存していくために必要不可欠な、この2つの最低限の欲求が満たされると、より高い欲求である「帰属の欲求」(集団の一員として認知されたいという欲求)、「尊敬の欲求」(他人から尊敬されたいとか、人の注目を得たいという欲求)、「自己実現の欲求」(各人が自分の世界観や人生観に基づいて自分の信じる目標に向かって自分を高めていこうとする欲求)が芽生えてくる、と唱えました。

 このマズローの欲求5段階説に沿って申し上げますと、我が国は、第2次世界大戦後、戦後復興から経済成長を通じ、その生存の欲求とか、あるいは安全の欲求を満たし、物の豊かさを実現し、より高次の欲求へと、順調な歩みを続けてきたように見えました。

 しかし、平成7年、1995年1月の、あの阪神淡路大震災により、我々が信じてきた我が国の「安全神話」が大きく崩壊し、その後も、近年においても、全国でも、あるいは世界でも、安心・安全を脅かす様々な事件・出来事が起きています。また、今、いわゆる「格差」問題が大きく取り上げられてきています。

 このような状況の中で、私たち政治行政に携わる者は何を考えれば良いのかということになりますと、人々の欲求のうち、生活の確保や安心・安全といった、いわゆるこの「マズローの欲求段階説」でいえば、「生存の欲求」「安全の欲求」に対する政策をもう一度点検して、見直していく、そのことが、現在最も大きな課題の一つとなっていると、私は考えています。

【鳥インフルエンザへの対応】

 このことを再認識させられる事件が、2004年1月12日に、山口県で発生した「鳥インフルエンザ」です。

 日本国内では79年ぶりの発生で、健康面への不安のみならず、食生活を脅かす大問題となりました。当時、こちら、京都でも発生しましたし、今年1月には宮崎県で発生したことから、皆さんも記憶に新しいのではないかと思います。


 当時、鳥インフルエンザ発生の連絡が私に届いた時には、人間にうつるインフルエンザと同じものが鳥にうつったのかという程度で、ほとんど知識もない状態でしたが、とにかく、79年ぶりのことですから、何としても山口県からインフルエンザの菌をこの養鶏農場から出してはいけない、と懸命に取り組みました。

 発生したのは、ここの画面に示していますように、山口市のすぐ北部、津和野に行く途中にある阿東町の養鶏農場です。当時、山口県は、直ちに家畜伝染病予防法の規定に基づき、発生農場に対する防疫対策を、県庁農林部の獣医や畜産の技術職員などまさに専門集団が中心になって、冷静に、スピーディに、かつ、きめ細かく対応しました。


 当時、テレビでご覧になった方もあると思いますが、こういう服装をして、菌を拡大しないような努力を懸命に行ったわけです。この服装も、当時具体的なことがわかりませんでしたから、ゴーグルを着用するなど、県独自で、いろいろ考えて対応しました。現在は、この服装が山口スタイルとして、今回の宮崎県などの鳥インフルエンザ対策の基本となっています。





 また、国の方針に沿って、菌の拡大を防ぐために、発生農場から周辺30㎞の範囲内の養鶏農家、養鶏農場に対し、卵やブロイラー等の出荷制限や移動制限の措置を講じました。

 当時、移動制限区域内には、卵を産ませるために飼っている鶏が約100万羽いました。鶏は1羽当たり1日に0.9個の卵を産みますので、毎日毎日、90万個の卵が増え、このエリアの中に貯まっていくことになります。法令上、最短でも38日間は卵の出荷や移動ができませんので、3千何百万個の卵がこのエリアの中に貯まってしまう計算になります。

 防疫対策は技術集団に任せましたが、そのような中で、私は知事の役割は何なのか、私は何を判断したらいいのか、考え続けました。そして、移動制限区域内の卵を「県が単独でも買い上げる」ということを対外的に公表することが、この対策を最もスムーズに進める方法であると考え、発生から4日後の1月16日に、記者会見でそのことを公表しました。

 当時、卵の買い上げに約3億円はかかりそうですし、国も支援してくれるかどうかもわからない状況にありましたが、卵の出荷はできない、その制限がいつまで続くかわからない、そして、それに対する国や県の支援があるかどうか分からないという状況の中で、卵を貯めておかなければならない養鶏農家の気持ちを考えたときに、精神的にも、パニックになるかもしれない、そして、防疫対策に協力してもらうためには、養鶏農家の経済的不安を解消することが最も必要だと考え、私は、県の方で卵を買い上げると申し上げたのです。

 卵の買上げを発表する日までは、県の担当部署に、養鶏農家から死活問題だと電話が毎日あったそうですが、この発表によって、電話もなくなり、関係職員も防疫対策に集中することができたということです。

 私も、県独自で買い上げると、とっさに判断しましたものの、本来、この鳥インフルエンザ対策の仕事は、法的には、国の事務ですから、国に対し、2分の1程度は負担してもいいのではないかと話をしましたら、最初は、農林水産省は「これは山口県の中だけで起きている話だから、山口県だけで対応したら良いのではないか」として、その負担についてなかなか検討してもらえませんでした。私も頭にきまして、「では、広島県や島根県にこの菌をうつしたら二県以上になり、国も対応してもらえるのですか」と、かなり強く言いましたら、最終的には、卵の買取り価格の半分を国も支援しようということになりました。

 山口県の当時の対応は、全国的にも高い評価を受けまして、先ほど言いました、今年の宮崎県での対応など、現在の国の「鳥インフルエンザ対策」は、山口県での成功事例をベースに作り上げられています。

 私は、ここで自慢話をするわけではなく、この79年ぶりに山口県で起きた鳥インフルエンザに対する県の対応が非常にスムーズにいったことを県庁の職員全体で共有できたことが非常に良かったと思っています。不幸ではありましたが、そのことによって、安心・安全対策の重要性を県の職員全体で共有できたことが、今も進めている、いろいろな安心・安全対策の基礎になっていると考え、いい機会であったとプラスに評価しているところです。


住み良さ日本一の県づくり


1.住み良さの意義


 私は、以上申し上げた基本姿勢にたって、現在、県民の安心・安全を基本にしながら、「住み良さ日本一の県づくり」 (別ウィンドウ) を進めています。


 ちょっと息抜きをしていただくために、次の写真を見ていただきたいと思いますが、皆さんは、外洋に面した荒海に生育するサザエと、おだやかな内海に生育するサザエとでは、形が異なっているということを御存じですか。

 波の荒い外洋の岩礁に住んでいるサザエは波にさらわれて転がらないよう、殻の角が長く出ています。逆に、養殖や波の静かなところで育ったものは角がないのです。山口県では、日本海でとれる角のあるサザエ、瀬戸内海でとれる角のないサザエ、2種類のサザエが水揚げされています。

 このように、サザエ一つをとっても違いがあるように、山口県は、多様性に富んだ県です。

 私は、よく、山口県の紹介をするときに、水産県のほか、観光県、教育県、工業県、さらには環境県でもあり、多彩でバランスのとれた県ですと話しています。

 恵まれた自然環境や、豊富な歴史・文化、人づくりに向けた情熱と意欲的に新しいものを取り入れる進取の気風が自慢の防長教育の伝統、さらには、整備された道路交通網や情報通信インフラなど、快適な住環境づくりに必要な資源を多く持っています。

 このように、すでに山口県は豊富な資源を持っており、それを生かした施策展開により、県民生活の幅広い分野において、バランスのとれた住み良さができあがりつつあります。

 現に、20才以上の男女3,000人を対象に、昨年実施した県民アンケート調査でも、回答者のおよそ9割が山口県を住み良いと回答しており、年代別でみても、20才代の約85%が「山口県は住み良い」と回答しています。

 また、時事通信社が平成17年に実施した各都道府県の「住みやすさ」に関するアンケート調査でも、山口県の総合満足度は全国4位となっています。


2.やまぐち住み良さ指標


 このように高い評価を受けている本県の「住み良さ」をさらに高めていくためには、県だけでなく、市町村、企業、住民全ての方々が、その具体的な目標像を共有し、その目標に向かって知恵と力を結集していく必要があります。

 そのため、山口県では、何をどのように高めていくのか、客観的な指標を使って具体的にお示ししたいと考え、平成17年10月に作り上げたのが、お手元に資料をお配りしている、「やまぐち住み良さ指標」として取りまとめたものです。

 子どもからお年寄りまで、生涯の様々なライフステージにおける「住み良さ」を考え、暮らしの「安全」をはじめ、「居住環境」、「健康と福祉」、「子育て・人づくり」、そして「働く環境」の5つの分野ごとに、それぞれ具体的な指標を設定することにより、全国における本県の現在の状況や目指すべき水準を示しています。

 5つの分野ごとの総合指標について、全国数値で偏差値化したものをレーダーチャートで示していますが、偏差値の50、この点線の外側に出ている指標は、全国レベルを上回っているもので、点線の内側にある指標は、全国レベルを下回っているものです。

 これを見ますと、山口県の場合は、「安全」等々、この五つの分野とも偏差値50を超えていますから、どの分野でも全国平均より上であり、バランスの取れた県になっていることがお分かりいただけると思います。

 分野別の状況を次に見ていきます。


 まず、「安全」では、総じて全国と比較し高いレベルにあることが分かりますが、この中で、「自主防災組織率」を見てみますと、偏差値47.5で全国32位になっています。山口県は従来から地震のない県だと言われており、そういう意味では「自主防災組織率」が低い状況にありましたが、先般の石川県の地震を見ましても、今まで地震が起こらないであろうと言われていた地域に地震が発生することもありますので、山口県も是非、この「自主防災組織率」を上げていきたいとしており、この指標を策定した時が全国33位、昨年3月で32位、今年の3月には26位にまで上がっています。このように、県民の皆様や、市町村が努力することにより、悪かった指標も改善されている状況です。


 この表で、もう一つ悪いのが、「県内食料供給力」です。


 したがって、最近、東国原知事がいろいろな所に出られていますが、私は、4年前にこのポスターを作り、県内あちらこちらに貼り、とにかく地元で採れたものは地元で消費しましょう、という運動をすでにやって来ています。最近は、この地産地消の取組 (別ウィンドウ) も評価され、県民の皆様も地元のものを食べていこうではないかという方向に向かっています。間接的なことではありますが、そのようなことを基礎として「県内食料供給力」を上げていく努力をしなければならないと思っています。


 次に、「居住環境」では、自然や環境に関する指標、生活空間のゆとりと潤いに関する指標、利便性や都市機能に関する指標がありますが、中でも「ごみのリサイクル率」が全国順位で6位と高いことが、山口県の特徴を示しています。

 これは、後ほど少し政策的な面でお話させていただきます。


 次に、「健康と福祉」では、全国平均に沿った形でバランスが取れていますが、小児科医数で見ると、全国22位となっています。今、地方では医師の確保が非常に難しくなっています。小児科医、産婦人科医、そして、麻酔医が非常に不足していますので、この医師確保の問題が、この数年間、それぞれの地域で大変重要な課題になっているのではないかと考えており、この課題解決に向けた努力をしていかなければならないと思っています。


 次に、「子育て・人づくり」では、これは、全国でもトップレベルの取組を行っています。例えば、「一時保育実施率」が全国第3位、「地域子育て支援センター設置割合」が全国4位、「高校生の就職決定率」も全国第2位となっており、この分野では、今、山口県も非常に頑張っているという状況です。


 次に、「働く環境」では、飛びぬけて高いのが、民間企業における障害者雇用率が全国第1位、となっています。


 そのように、この「やまぐち住み良さ指標」を見ますと、山口県の場合は、どの分野が全国に比べて遅れている、あるいは、全国でもトップクラスにあるということがわかるわけですから、県だけでなく、市町村や民間の方と協力することによって、レベルが低いものは上げていく、レベルの高いものは少なくとも、それを維持していくという取組をさらに積極的に進めていきたいと思い、特に、今年から県民運動として展開していこうと考えています。


3.県民運動の展開


 この幟にありますように、「住み良さ日本一のおひろめ☆たい志」というものを作りまして、県内あちらこちらで盛り上げていきたいと考えています。スローガンを「やっぱりいいね 自然も笑顔も山口県 めざそう住み良さ日本一」とし、このスローガンのもとで、これから県民運動を展開しながら、この順位などを引き上げていこうと思っているところです。

 以上が、住み良さ日本一の県づくりの関係です。



元気な県づくり


1.県民力の発揮


 次に、「元気な県づくり」という観点からお話しします。

 さきほど、少しお話しましたが、私は、2001年、21世紀のスタートにあたり、県民の自助の力、「県民力」を高める、結集できる舞台として、ジャパンエキスポ「山口きらら博」を開催しました。

 その決意表明をしましたのは、初当選直後の9月議会でした。当時、その前年に東京都が都市博を中止したこともあり、「もう博覧会の時代ではない」「どうせ失敗するよ」と言われました。


 私も当選してすぐの一期目から、何としてもこれは博覧会を成功させなければ、政治生命に関わるということで、必死になって取り組みました。その例としまして、この画面にありますように、フォーミュラカーに乗りました。私の出身地の美祢市に当時、美祢サーキットといって、F1のレースが開催できる西日本唯一のサーキット場がありまして、ここに、日本で一台しかない2人乗りのフォーミュラカーを持ち込み、博覧会のPRをしようと、サーキット場を2、3周しました。少しオーバーですが、まさに、死ぬ思いで、実に怖かったですね。スタンド前の直線が時速270㎞、カーブでは風圧がかかり、本当に首が抜けそうになりました。その他にも、いろんなPRを私自身が先頭に立って行いました。そのうちに、県の職員も「これは何としても成功させなければいけない」と、県民の皆様も、知事があれだけ頑張るのだから何とか成功させようとなりまして、次第に盛り上がり、2001年の山口きらら博は大成功を収めることができたのです。


 入場者数は79日間で、目標の200万人を大きく超える251万人余りと、同時期開催した福島や北九州と比べて、入場者数で圧倒的にトップを切ることができました。県民の皆様も、この博覧会を通じて、「やればできる」という大きな自信を持っていただいたと思っていますし、同時に、私ども県庁の職員も、県づくりのキーワードである「自立・協働・循環」という大きな資産を得ました。


 「自立・協働・循環」というのは、先ほどの「自助・共助・公助」と似ている部分がありますが、「自立」として、行政も民間も、とにかく自分たちができることは自分でやっていこうではないか、という意識が、あの博覧会を通じて起きたのです。

 「協働」とは、行政も民間も、それぞれが持つ個性や特性を認め合い、持ち寄り、活かし合い、その相乗効果で、個々の能力の総和を超えた力を生み出し、1足す1が2ではなく、5にも6にもなるように、地域の総合力を高めていこうということです。

 いわゆる、産学公の取組がありますね、山口県では、官にNPO法人なども含めて公と言っていますが、産学公が連携すれば、いろんな取組ができるということで、この「協働」というキーワードを使っています。この「協働」の取組を行えば、山口きらら博と同じように、いろんな取組ができるのではないか、ということで、県づくりのキーワードとして使っています。

 そして「循環」ですが、山口きらら博では、企画・運営に参加してくれた県民スタッフやボランティア等の、「自立」「協働」による対応の素晴らしさが、来場者に大きな感動を与え、口コミで拡がっていき、このことがスタッフやボランティア等自身へも伝わり、その対応に一段と磨きがかかっていきました。

会場内に、来場者の「評価する、誉める」、スタッフ、ボランティア等のその「期待に応える、頑張る」という「好循環」が生れたのです。

 平成17年の「愛・地球博」の皆様も、山口きらら博に視察に来られ、私も案内しましたが、「博覧会会場からオーラが出ている」と言われるくらい、盛り上がった博覧会になりました。

 したがって、「循環」とは、博覧会だけでなく、地域資源をうまく活用することによって、地域の中に、人・物・心の良い「循環」を、地域づくり、県づくりにおいて起こしていくことが大変大事だろうということで、この「循環」というキーワードを使って県政に取り組んでいます。


 このようなきらら博で得た「やればできる」という自信、資産、ノウハウが、「きらら博」から5年後の昨年、「第21回国民文化祭やまぐち2006」でも大いに活かされました。私は、全国規模のこういうイベントをうまく活用し、県民力を高めていくことが大変重要であると考えまして、2001年にはきらら博、そして5年後の昨年、国民文化祭を山口県に誘致し開催しました。皆さんは、国民文化祭といってもあまりご存知ないかも知れませんが、国体の文化版だと考えていただければ良いのですが、この国民文化祭を、昨年11月3日から12日までの10日間において、県内あちらこちらで開催し、100万人の来場者見込みに対して、145万4千人もの来場者を迎えることができ、大成功を収めたと考えています。

 また、昨年の国民文化祭からさらに5年後の2011年には、昭和38年の第18回大会以来、48年ぶりとなる、第66回国民体育大会 (別ウィンドウ) を開催します。


 大きなイベントを毎年開催しても県民の皆様も疲れてしまいますから、私は、戦略として、全国規模のイベントを5年刻み程度で開催し、成功体験を継続することにより、次の目標に向かって、県民の皆様も頑張っていけるだろう、と考えまして、2001年のきらら博、2006年の国民文化祭、2011年の国民体育大会をうまく活用しながら、県民力を高め、住み良さ日本一の元気県山口を目指していこうと考えているところです。したがって、私は県内のあちらこちらで、皆さん、ホップ・ステップ・ジャンプで頑張っていきましょうよ、ということを常々言っており、いよいよ、これから、ジャンプの時期に入ったというふうに考え頑張っているところです。


2.地域資源の活用による「山口県らしさ」の創出


 また、「元気な県づくり」という視点で特に重視しているのが、本県の多様な地域資源を活かしながら「山口県らしさ」を創り上げていく取組です。

 時間があまりありませんので、簡単に、山口県の産業構造に関連したプロジェクトの一部を紹介します。

① 山口県の産業構造の特色

 山口県は、平野がほとんどありません。高い山はありませんが、県土の7割が森林です。工業地帯は、この瀬戸内海沿岸地域の埋立地を使い、戦後、工業地帯が発展していきました。


 主に、ここにあがっていますように、石油化学コンビナートが形成され、全国有数の工業県として発展してきました。

 その後、産業構造の転換高度化に取組み、マツダやNECなどの進出もありましたが、産業構造は、依然として、石油、化学、セメント等の基礎素材型に特化しており、製造業に占める基礎素材型産業の生産額の割合は70%近くと、全国でも高い割合を示しています。



② ごみの資源化

 私は、このような産業構造のもとで、山口県の産業特性を活かしながら、「ごみ問題」に取り組めないだろうかと考え、産業界、大学などの研究機関、そして行政が連携・協働して検討し、先進的なリサイクルシステムを創り上げてきました。

 その一つは、ごみの資源化です。年間約4万トンもある家庭から出る一般ゴミの焼却灰を普通セメントの原料にリサイクル利用するという取組です。山口県では、この事業により、これまで埋立て処分されていたゴミの焼却灰の約80%がセメント原料化されています。これは、平成14年4月に宇部興産とトクヤマという会社で、合弁会社を作っていただき、そこで、焼却灰を使ったセメントを作っていただいています。このような全県的な取組は、山口県が初めてです。

 また、ペットボトルのリサイクルについても、繊維などの原料として再利用するところまでは他地域でも取り組まれていますが、山口県では、周南市にある化学企業、帝人ファイバーが、使用済みのペットボトルからペットボトル原料を繰り返し再生するという、世界初の完全循環型リサイクル技術を開発し、全国の市町村が回収するペットボトルの約25%に当たる年間6万2千トンの処理能力を有する施設を国と県の支援で整備しております。

 今、石油価格が高騰しておりますが、この事業により、エネルギー量を3割程度節約できるため、地球温暖化防止のためにも非常に有効な技術であると考えております。

 なお、ただ残念ながら、現在、ペットボトルを中国が高く買うものですから集まりにくくなっています。したがって、フル稼働どころではなく、まだ、細々と稼動している状況に止まっていますので、何とか、これを本格稼動できるように、我々もいろんな形で応援していかなければならないと思っているところです。

③ 水素の活用

 また、周南地域では、コンビナート内のソーダ工場で、ソーダを造る過程で大量に発生する水素ガス、これを副生水素と言いますが、これを活用する取組を産学公で進めています。

 ご承知のように、水素エネルギーは、燃料電池など次世代のエネルギー源として注目を集めていますが、山口県の副生水素の供給可能量は全国の14%を占め、全国一を誇ります。これは、燃料電池自動車の約120万台の年間燃料消費に必要な水素の量に相当します。

 現在、その多くは化学製品の原料やボイラーの燃料として使用されていますが、これからは、燃料電池が次世代のエネルギーとして大変注目されていますから、山口県でこれだけ採れる水素を何とか燃料電池の燃料として活用できないかと取組を始めたのが、「水素フロンティア山口」と銘打った施策であり、4年前から取り組んでいます。


 今年は、先般、ここに水素供給燃料電池システム導入セレモニーの写真が出ていますが、工場から一般家庭にパイプラインで水素を供給し、発電、給湯する「水素供給燃料電池システム」をスタートさせました。水素をそのまま家庭まで送るのですから、パイプをどのようにつなぐかなど、いろんな実験を重ねてきまして、ようやく、今、2世帯ですが、そこで実験を実施しておりまして、上手くいけば、できるだけ家庭の範囲を広げていこうという取組を、先般、全国で初めてスタートさせたところです。


④ やまぐちエコ市場による循環ビジネスの育成

 さらに、こうした取組を背景として、山口県では、民間を主体としたリサイクル・エコの総合市場となる「やまぐちエコ市場」を昨年5月に立ち上げました。


 「エコ市場」は、リサイクル技術を有する企業、廃棄物の排出企業、リサイクル製品を製造する企業等が、情報発信・相互交流を行い、新たな事業創出等を行う「全国初の組織」であり、今、全国的に注目を集めています。当時は、山口県内の企業が中心でしたが、県外からもいろいろ企業が参加するようになり、現在は、北は秋田から南は沖縄まで、331社が参加しています。

 昨年度は、この「やまぐちエコ市場」のホームページ (別ウィンドウ) を開設し、ホームページ上での情報発信や情報交換、さらに、商談会・交流会が開催されるなど、新たなビジネスチャンスが広がっています。

⑤ 森林バイオマスエネルギーとしての活用

 次に、森林資源の活用です。先ほどお話しましたように、山口県は、県土の7割を森林が占め、また、山口県に来られた方はわかると思いますが、非常に竹林が多い県なんです。全国第4位の竹林面積を有しており、全国と比較しても、森林が多く、竹の多い県です。

 ただ、林業を取り巻く環境の厳しさや担い手の減少、中山間地域の過疎化や高齢化などから、間伐などの手入れが行き届かず、荒廃している森林が増加し、また、繁茂した竹林も増えて問題となっています。


 このため山口県では、平成13年度に、全国に先駆け「やまぐち森林バイオマスエネルギープラン」を策定し、これまで、①既設の石炭火力発電所で、間伐材を石炭に混焼して発電するシステム、②間伐材などをガス化して発電するシステム、③木質ペレット燃料を使ったボイラーで冷暖房や温水の供給を行うシステムという3つのシステムに積極的に取り組んでまいりました。

 また、これらのシステムを成立させるためには、間伐材などを低コストで安定的に供給することが前提となりますから、この供給システムについても取り組んできました。

 平成17年12月には、国の「バイオマスエネルギー地域システム化実験事業」のモデル地域としての指定を受け、平成21年度を目標に、地域のエネルギーシステムとして実際に利用できるものにしていくことにしています。

 私どもとしては、この重大な責任を何としても果たさなければならないと思っています。

 こちら京都は、「京都議定書」誕生の地、いわば、地球温暖化対策の聖地です。

京都市では、家庭で使用済みの天ぷら油などをバイオディーゼル燃料として、市営バスに使用されていると伺いました。

 私は、本県の特性を活かしながら、全国に誇れるような循環型社会づくり先進県を目指していきたいと考えております。


おわりに


1.映像の中の山口県


 もう時間が参りました。最後に少しだけ、宣伝をさせていただきたいと思います。


 日本海側では、萩、あるいは、金子みすゞの長門市、秋吉台・秋芳洞、東の方は、岩国の錦帯橋、山口市は瑠璃光寺五重塔、こちら京都の東寺、醍醐寺の五重塔と併せ、日本三大名塔と言われています。それから、下関では、壇ノ浦の合戦で平家が敗れていますから、今も、それにまつわるいろんなイベントが実施されています。

 観光資源 (別ウィンドウ) も非常に豊富です。先ほどの住み良さ指標の中の、温泉地数、名勝天然記念物数、観光レクリエーション施設数で測る「観光・レクリエーション資源力」についても、温泉などは50数箇所、温泉地もありますし、全国で14位となっています。山口きらら博で、おもてなしの心も十分に育ってきているところです。

 しかも、最近は、特に、映画の面でも、ロケ地として、大変活用されています。

 山口県出身の佐々部清監督の「四日間の奇蹟」が一昨年に上映されました。

 また、五十嵐匠監督の作品で、幕末に密航によって、ロンドン大学に留学し、近代日本のために活躍した5人の人物を描いた映画「長州ファイブ」も昨年から上映されています。

 また、「四日間の奇蹟」のロケ地やトヨタ自動車レクサスのCM画面として使用された下関市北端の角島(つのしま)などは、日本でも有数の美しさであると言われています。


2.おいでませ山口へ


 山口県は、歴史、文化等も豊かで食べ物も魚も美味しいですし、いろんな意味で楽しめる県だと思いますので、是非、山口県にお越しいただきますよう、最後にお願いいたします。

 「おいでませ 山口へ」。

 以上で、私のお話を終わらせていただきます。長時間にわたり、ご静聴ありがとうございました。


(平成18年度ポスター最優秀賞 美東町立大田小学校5年 池上拓実さんの作品)





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