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離島・蓋井島

ページ番号:0014120 更新日:2021年11月1日更新

歴史とロマンの島 - 響灘諸島 - 下関市

蓋井島(ふたおいじま)

蓋井島

1 プロフィール

  • 面積 2.32平方キロメートル
  • 人口 81人
  • 世帯数 35世帯
  • 本土からの距離 14.0キロメートル
  • 学校 蓋井小学校、蓋井中学校
  • 病院・診療所 -

 ※人口、世帯数は令和5年4月1日現在住民基本台帳による。

 問い合わせ先 下関市企画課 083-231-1911

 下関市吉母の北西約6キロメートルの響灘に浮かぶ島です。
 海上交通の要衝として、古くから九州や大陸方面との交流があり、島の地名や伝説の中にもこれを伝えるものが多く残されています。
 島の伝統行事として、「山ノ神」の森で7年目ごとに催される「山ノ神神事」は、我が国古来の神事の型を伝えるものとして、非常に貴重なものとされています。
 島の周囲には険しい岩石海岸が続き、日本海の荒波で侵食された岩門と名付けられた洞窟など奇岩が多く見られます。また、周辺海域は、海流の影響もあり海産物の宝庫で、アワビ、サザエ、ウニなどの海の幸が豊富に採れます。

蓋井島の伝承

島の名の由来

(その1)
神功皇后がこの島に立ち寄ったときに、この島の水をほめ、その後はふたでおおったため
(その2)
昔、島内に清水を湛えた池があり、住吉神社の神事に御神水として用いていたが、汲み終わった後は固くふたをしてだれも池の水を取ることができないようにしていたため

神功皇后の伝説にちなむ地名

神功皇后が宗像三女神に先勝祈願した後、帰りにこの島を見つけたことから~「見付の瀬」
皇后が蹴鞠遊びをされたことから~「鞠の庭」
その蹴鞠の最中に日が暮れたので、山で月を乞われたことから~「乞月山」
皇后が宴を催されたことから~「幕の紋」、「酒の瀬」

2 蓋井島に行く

 本土との間には1日2日~3日往復で定期船が運航されています。

本土側定期船乗り場 下関市吉見漁港

蓋井丸

 定期船「蓋井丸」

  • トン数:49トン
  • 航海速力:11.5ノット
  • 旅客定員:80人

 詳細は、下記へお問い合わせください。
 問合せ先 下関市港湾局渡船事務所<外部リンク> (083-261-1010)

3 蓋井島を見る

蓋井島灯台

蓋井島灯台 の画像

 昭和26年に、日本で初めて風力発電が導入された灯台として知られています。
 発電には直径約9メートルの風車が使用されていたようです。
 現在では、電源は商用電力に切り替えられていますが、風車を取り付けてあった鉄塔は、今も無線中継用鉄塔として活用されています。
 灯台のある高台からは、響灘が一望の下に見渡せます。

やまどりの散歩道

やまどりの散歩道 の画像

 全長約1,500メートルのこの散歩道は、灯台や島内を一望に見渡せる金比羅山にも通じており、小鳥のさえずりを聞きながらの散歩が楽しめます。

ヒゼンマユミの群落

相島の集落

 ヒゼンマユミは、葉が厚く光沢のある常緑樹で蓋井島では昔から「オクマユミ」の名で親しまれていました。島の北部の大山周辺に群落がみられ、大きいものは、幹の周囲が1.8メートルにも達します。

岩門

二の門

 島の北部海岸にある海食洞で、「一の岩門」から「三の岩門」まであります。
 特に大きいのは、「二の岩門」で、小船が入れるほど大きく、奥行きも、長いところで20メートルにも及びます。

蓋井八幡宮

蓋井八幡宮の写真

 神功皇后、応神天皇が祭られています。五穀豊穣を祈願して、春祭り、夏祭り、秋の大祭が行われます。
 近くには、一年中絶えることなく清水が湧く「蓋井の泉」があります。

山口県離島の旅

4 蓋井島を体験する

山ノ神神事

山ノ神神事 の画像

 7年目ごとに行われる神事で、島内にある「一の山」から「四の山」までの四つの山の森から「山ノ神」を家へ迎え、三日二夜の間、盛大にもてなし、再び山の森へ送り届けるという神事です。
 神を迎える家は「当元」と呼ばれ世襲されており、神事が行われる間は、島内の他の各家も、先祖代々決まっているいずれかの「山ノ神」に奉仕します。

5 蓋井島で買う、食べる

  • ウニの瓶詰め、ヒジキ
  • 磯美人パック~採れたての海産物の詰め合わせを注文販売しています。

6 蓋井島に泊まる

7 蓋井島に住む

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