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トップページ > 組織から探す > 管財課 > 県立施設のご案内 > 旧県会議事堂復原・詳細情報(その2)

平成26年 (2014年) 8月 5日

管財課

山口県旧県会議事堂復原

Old Prefectural Assembly Building

5 旧県会議事堂の詳細情報(その2)


1 建立の経過(指定説明)

山口県は当初、藩政時代の建物を県庁舎として使用していたが(注1)、県庁機構の拡大による狭隘化と建物の老朽化を理由に、明治44年11月からの通常県会において庁舎及び議事堂の新築計画案が当時の渡辺融知事より提案され、明治45年度より4か年計画、総工費47万余円で可決された(注2)。


設計は当時国会議事堂の建設準備を進めていた大蔵省臨時建築部に依頼され、妻木頼黄部長のもとで武田五一、大熊喜邦の2人が担当した(注3)。

設計作業は直ちに始められたらしく、第一次案の設計図や予定価格内訳書が臨時建築部より山口県に送付されたのは明泊44年12月であった(注4)。

以後、臨時建築部と山口県との間で幾度かのやりとりがあり、大正2年12月に至り最終案が決定した。


大正2年4月から10月にかけて地形工事が行われ、建築工事は大正3年5月に始まって同5年7月に完工した。この問、大正2年12月に起工式、同4年9月に上棟式が挙行され(注5)、落成式は同5年11月であった。工事の決算は当初予算より少なく39万7千余円で終った。


旧県庁舎は南面する煉瓦造2階建で、玄関ポーチ及びその上のバルコニー回りや腰壁、窓台など要所を花崗岩とする他は表モルタル塗とし、横目地を入れて石造風に見せる。床組と小屋組は木造であるが一部鉄骨梁を用いる。

屋根は正面中央を寄棟造、各隅を宝形造とし、要所にドーマーウィンドウを設ける。主要部分は天然スレート葦(現在は銅澤瓦葦)で、中庭側に面する廊下屋根のみ略式の亜鉛引鉄板葦となる(注6)。

平面は口字形で、正面棟の中央前面に車寄、妾関を張出し、背面中庭側に2階を正庁にあてた突出部を設ける。

正面棟中央の階段室は1、2階とも中心部を広間とし、その両脇に列柱を隔てて階段部分を配した形となっている。

1階には警察部長室、食堂、新聞記者室などの他、土木課、会計課などの一般執務室を置き、2階には正庁、知事室、内務部長重など、主要室の他、学務諜、勧業課などの一般執務室を設ける。

一般執務室や廊下などは壁、天井とも漆喰塗の簡素な造りとするが、知事室、内務部長室などは木製腰壁を回し、天井は木製格縁で幾何学模様をつくり、漆喰造出しの中心飾りからシャンデリアを下げるなど、各室とも少しずつ異なった意匠で飾る(注7)。また、中央階段室、正庁は壁、天井とも漆喰塗とするが、柱や柱形には柱頭飾りを付し、天井廻りにはモールデングを巡せるとともにコンソールやデンティルで飾る。


旧県会議事堂は旧県庁舎の東に南面して並置され、当初は木造平屋建ての廊下で結ばれていた(注8)。


建物は煉瓦造2階建で、県庁舎と同じく要所に花崗岩を用いる他は、横目地を入れたモルタル塗とする。

床組と小屋組は木造で議場の小屋組のみ鉄骨トラス構造として吹抜けの大架構を支える。屋根は正面中央を一段高い寄棟造とし、その上に頂部をドームとした方形平面の塔屋をのせる。要所にドーマーウィンドウを設け、本来の天然スレート葛を現在は銅澤瓦葦としている。

平面は横長の正面棟の中央前面に車寄を突出させ、背面に議場を張り出して配置する。正面棟1階には議員控室、公衆控室、新聞記者席などをとり、2階には議長・副議長室、知事室、参事会場などを置く。

議場は1階南側中央壇上に議長席と演壇を設け、左右に説明員席、その前方に扇形に議員席を配する。2階は周囲三方を新聞記者席、公衆傍聴席のギャラリーとし、中央は吹抜けとなっている(注9)。


旧県会議事堂は昭和49年12月まで使用されていたが、背後に新議事堂が完成し、県議会が移転した後、昭和53年10月から議会資料舘として活用され今日に至った。さらに旧県庁舎も最近後方に新庁舎が竣工し、昭和59年6月に移転したので、県政資料舘として旧県会議事堂と一体となった保存活用の方針が検討されている。

山口県旧県庁舎及び議事堂は、大正初期の煉瓦造公共建築として数少ない遺構であり、県庁舎と議事堂が一体となって保存されている点でも貴重である。

設計は当代を代表する建築家である武田五一、大熊喜邦の2人が担当し、妻木頼黄、矢橋賢吉らが関与するなど、国会議事堂の建設とその後の近代建築の展開を考える上で極めて重要な建築といえる。また、意匠は正面車寄の独立石柱の意匠や主要室の天井装飾などにみられるように、各所に東洋建築の形をセセッション風にアレンジして取入れるなど(注10)、明治以来熟成した様式建築を基礎としつつ大正時代に入ってあらわれた新しい意匠傾向が窺われる重要な建築である。

なお、県庁舎については今後の保存活用を考慮して、意匠的にすぐれた玄関及び中央階段室、2階の主要室以外は内装を指定より除く。


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(1)注1

当時の県庁は元治元年(1864)に現在と同じ位置に建てられた山口藩の新屋形の政事堂がそのまま使用されていた。また、議事堂は明治11年の県会設置に伴い、萩の明倫館の古材で建設されたものであった。

(2)注2

県庁舎及び議事堂の新築計画は、明泊22年以降何度か表面化したが、県庁所在地を山口、防府、下関のいずれにするかでまとまらず、徒らに年月を費すのみで、建物の腐朽は限界に達していた。

(3)注3

『建築雑誌』大正6年4月号に山口県庁及び県会議事堂の工事仕様梗概、設計図、竣工写真が掲載されているが、この記事に「設計大蔵省臨時建築部、設計主任正員工学博士武田五一 正員大熊喜邦」とある。山口県文書館に保存されている6冊の工事関係記録(附指定)によって武田、大熊の2人が設計を担当したことは明らかであるが、この2人の他に矢橋賢吾も関与していたことが知られる。

なお、設計期間中の大正2年5月に妻木部長が大蔵省を退官し、翌6月には武田技師が臨時建築部を解任される異動があり、設計から離れることとなったが、武田五一はその後もこの工事に関わったことが工事関係記録によって判明する。

(4)注4

工事関係記録によると山口県知事より大蔵次官宛へ非公式の設計依頼の書簡が出されたのは県会へ議案提出の2か月前の明治44年9月20日であり、公式の依頼は翌10月13日に行われた。臨時建築部より山口県に送付された設計図書は県会での討議資料として使用されている。

(5)注5

棟札(附指定)

尖頭形 総高154.2センチメートル、肩高151.8センチメートル、上幅23.4センチメートル、下幅23.6センチメートル、厚さ3.7センチメートル(ヒノキ)

(表)

(裏)

(ママ)

憶屋須大神(表)

手置帆負命 屋布禰大神 改築山口解廉舎

比古狭知命

彦須奈大神

前山口縣知事正三位勲二等

前山口縣知事徒四位勲二等

前山口縣知事徒四位勲三等

大正二年突丑四月八日起工

一棟 山口縣知事正五位勲四等黒金泰義※

大正4年乙卯九月二十四日上棟

山口縣内務部長正六位 野口淳吉

※ 山口縣土木課長正七位 笹井幸一郎

山口解技師従六位 鹿本勝往

渡速融 前山口轡曾議長 硲俊弛

馬淵鋭太郎前山口蝉曾副議長秋本考太郎※

赤星 典太

山口縣技手 城戸薫喜治

山口縣技手 婚硝安猷瑚

山口縣建築技手 益田 資一

山口縣建築技手 佐膝安二郎

山口縣建築技手 芥川 佳亮

山口縣建築助手 献納弼L口

仙蒜舶納竿

(6)注6

銅澤瓦は昭和26年の屋根葺替えによるもので、当初は天然スレート葦であった。

(7)注7

照明器具は正庁のシャンデリアが残されているが、他は失われている。

(8)注8

渡廊下は現在取壊されて無いが、旧県庁舎及び旧議事堂とも廊下取付部に付柱と屋根が残っている。

(9)注9

2階ギャラリーとこれを支える1階柱は改造されて当初のものと異なっている。

(10)注10

『建築雑誌』大正6年4月号に掲載された工事仕様梗概によると、様式は「ルネサンス式にて細部には日本及東洋趣味を以て塩梅す」とあり、意匠に日本や東洋の建築意匠が意識されて用いられたことが判る。


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2 修理の経過

大正5年建設以後の経過は、記録等により以下のことが判る。


経過

大正15年

外部塗装、窓掛敷物、建具塗装、軒樋、石材洗浄、排水工事、絨塩修繕、錠前握玉、窓ガラス。

昭和8年

絨毯、議場入ロワニス塗り、廊下昇降場模様替え、壁塗り替え、建具補修、天井カセイン塗り。

昭和10年

唐戸掘込み錠修繕、書記室窓掛修繕、給水管修繕、控室暖房修繕、機関釜修繕、雨漏り修繕。

昭和11年

窓掛修繕、天窓修繕、蛇腹樋修繕、窓紐・ガラス修繕、外部セメント壁修繕、竪樋修繕。

昭和12年

軒竪樋修繕、壁塗り替え、ブラインド修繕、スチームラジエター修繕、カーテン修繕、手洗器修繕、窓ガラス入れ替え、窓膳板りニス塗り、スレート葛修繕、窓・廊下・床修繕。

昭和14年

竪樋修繕、参事会場遮蔽幕取り付け。

昭和15年

窓紐・ガラス・窓掛け(ブラインド)修繕、スタンドペンキ塗り。

昭和26年

天然スレート葦を銅澤瓦葦に変更。

昭和35年

議場公衆傍聴席を鉄骨柱・梁により改造。

昭和53年

内部漆喰塗装補修(議会資料館として活用のため)。

昭和58年

屋根防水工事(ストップシート、ガムロンシート)、水切鉄板取り什け、外壁の一部塗膜防水。

昭和59年

東側の付属棟解体・外壁の復旧、用務員室を便所に改造、内部壁・天井の塗装、議場壁ゾラコート吹き付け、クロス全面貼り替え、外壁高圧温水洗浄、軒樋補修、竪樋取り替え。 衛生器具設備、給水設備、配水設備、消火設備設置。

昭和60年

扉修理、カーペット取り替え、内部ペンキ塗り、銅澤瓦差し替え。

昭和63年

塔屋フイニアル傾斜修正、塔屋外壁亀裂補修、塔屋ドーム木部補修・銅板葺き替え(地震被害の災害復旧補助修理)。

平成3年

外壁高圧温水洗浄、ひび割れエポキシ樹脂注入、外壁AEP塗り、内壁・天井EP(白)塗り、1・2階廊下朱塩ビシート貼り。


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3 痕跡資料の概要

(1)東棟の背面東寄り

当初は湯沸所と議員便所の張り出しがあった。


(2)東棟の背面西寄り

当初は矩折に接続する渡り廊下とその北側に延びるスロープがあった。また西棟の廊下西端から西便所東端の間に片流れの屋根と列柱があった。


(3)議場内部については、概ね以下のことが判る。

議場北半部のこ段の柾壇型議員席床は後補で、元は一連の床であった。

傍聴席下は当初は吹寄せの列柱が立ち、各列柱上にペディメントが取り付いていた。また東側傍聴席の上段の幅は、現在よりも約28cm広く、北面・西面と一連の上段であった。

議長席は後補で、当初は南面の全長に亘る階投六段の高さの上段があり、議長席と説明員席があった。また議長席の前面に、両脇を階段とする四段の高さの演壇が取り付いていた。

上段議長席背面の廊下墳の出入り口は、当初は扉が約30cm上がっていた。また出入り口廊下側の議場昇降場は、中央部の四段の階段と一連であった。


(4)間仕切と床組及び天井については、概ね以下のことが判る。

下足室の床組・板床・巾木は後補で、当初は人造石研ぎ出しの床であった。また議員応接室墳には間仕切壁があり、二室に分割されていた。

公衆妾関の床組・板床・巾木は後補で、当初はモルタル塗りの床で、二段の人道石研ぎ出しの階段をあらわしていた。

西便所は、当初は公衆便所・参与員便所に分かれており、公衆便所は渡廊下から出入りした。

知事応接室と参与員室墳には、間仕切壁と扉及び扉構えがあり、二室に分かれていた。

委員会室と参事会場境の扉と扉構えは後補のもので、当初は一連の漆喰壁であった。


(5)建具については、概ね以下のことが判る。

議員控室西面の廊下墳扉は当初は内開き。議員応接室北面の廊下境扉は当初は内開きで、吊元は東側。給仕室北面の廊下境扉は当初は内開きで、吊元は東側。西玄関扉は現在は親子扉だが、当初は同寸法の両開き。玄関扉・公衆玄関扉・西玄関扉のガラスの外側には、鉄製のグリルが取り付いていた。


(6)内装及び照明器具については、概ね以下のことが判る。

議長副議長室・知事室・知事応接室の壁は、当初は壁紙貼りであった。

議長副議長室・知事室の床は寄木貼り床で、絨毯敷であった。その他の各室及び廊下は、大半がリノリウム敷きであった。

カーテンとロールブラインドは、当初の取り付き位置・数量・形式が概ね判る。

照明器具は、当初の取り付き位置・数量・形式が概ね判る。また車寄正面階段両脇に玄関灯があった。


(7)屋根廻りについては、概ね以下のことが判る。

東西棟と中央棟及び議場棟の銅澤瓦葦は後世の修理によるもので、当初は天然スレート葺であった。

西玄関の庇屋根の銅澤瓦葺は後世の修理によるもので、当初は瓦棒鉄板葺であった。


(8)議員控室東面から議場周囲及び西便所に掛けての背面側

当初はモルタル塗りの犬走りが廻り、外側に葛石が取り付いていた。


6 完成写真へ


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